備忘録。
長女の中学校二年生の時の様子。
親子共々、担任(体育教師)の先生には恵まれた。
クラスに仲の良い友達は居た。
でも心の底から楽しそうには見えていない。
ストレスで中学校生活がしんどそうに見えてきた。
一学期・・・遅刻も欠席も気にならず、問題なく過ごせた。体育と部活が楽しいとのこと。
二学期・・・部活や家族での外出がなければ、平日も土日も他校の友達と遊びに行きまくって楽しみ尽くした夏休みが終わり、学校モードになかなか切り替えられなかった。
「義務教育だから行かんとあかんのやろ?」「学校面白くないから、部活の為だけに学校行くじゃあかんの?」「中学は行けなくても絶対に卒業できるん?」って、聞いてきて、なんかおかしいな?と思った。
学校行きたくない理由を探しているような気配を感じた。
「学校行きたくない」と「学校休みたい」と言うようになった。
クラスメイトにイジメられた。厳しく学校対応してもらった。
12月頃から、学校がつまらなく感じてきたようで、学校の行き渋りが始まった。
遅刻(2時間目や3時間目登校)がちらほら。
三学期・・・学校の行き渋りが続き、遅刻(3時間目や4時間目登校)が目立つ。
「あんなクソみたいな学校行きたくない、行かんでええ、休みたい」と言うようになった。
数日間休んだ。
2月に、蜂窩織炎(ほうかしきえん)の病気にかかり、1ヶ月間のドクターストップ。
3月から症状が良くなり、普通の生活ができるようになったが、学校の行き渋りは続く。
修了式の日まで遅刻をした。
不登校の兆候が出始めて来た。
遅刻 123日
欠席 4日
三学期の終わりに、スクールカウンセラーに相談。
学校の行き渋りと遅刻の多さを相談。
「起立性調節障害」の疑いがあると指摘された。
専門の病院に行ってお薬処方してもらったら良くなるかも?と言われた。
え?まだうちの子、親が気づけない障害あったの?と内心ショックを隠せない。
娘が学校に行きたくないとも伝えた。
学区外の中学校に転校したいと言ったら、それは出来ないと言われた。