こころのサンキャッチャー

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皆さんへ

前回の更新から随分間が空いてしまいました。

前回は鬱状態が酷く、お休みを頂きたいと思っていたのですが……新たな病気と今、闘っています。

お盆期間中、とても忙しく過ごしました。去年亡くなった二人の祖母のお墓参り、盆経、歩けるようになった甥っこを連れての弟一家の帰省……8月半ばまで、私は二本の脚だけで歩けていました。





お盆期間中の疲れかな、と最初は思っていました。今日記を読み返すと、前兆は既にあったのです。肩甲骨の内側(背中)の痛み。PCを扱う方が眼精疲労を訴えるように、誰にでもある「コリ」だと思っていましたが……痛みが全身に広がり、脚がおぼつかない。手も痛く、背中は常に痛くて痺れペットボトルの蓋が開けられない。仏壇の蝋燭の火を吹き消す力がなくなって、おかしい、おかしいと思いながらも、「全身の筋肉痛か筋肉炎だろう」としか考えが及びませんでした。

夜なかなか眠られずにいたので、「睡眠不足だから痛みが取れない」のだろうと考え、就寝前の眠剤を変えてもらおうとしていました。でも、病院に行きたくても、歩けない状態。日常生活のあらゆることができなくなっていて……廊下は這ってしか移動できなくなり、荷物は持てなくなり、箸が使えなくなり、携帯のボタンも肘が痺れログインが精一杯……ほとんど寝たきりでした。





私は母方の実家で暮らしています。昨年まで要介護5の祖母を毎日おんぶしていたのに……つい先日まで歩けるようになった甥っこを追いかけていたのに……実家にすら行けないのです。全身の痛みで、駐車場まで行けなくなっていたので……。

「うちに帰りたい。」

08月30日、低周波治療器を買いたいと、母に体を支えられながら近くの家電屋さんに車で行った時……電話でしか痛みや「歩けない」ことを伝えていた実家の父と妹に、この姿を「見せなければ」となぜか思い、そのまま実家に向かってもらいました。

肩で息をして、祖母の為につけられたエレベーターで二階に上がり、這って居間に辿り着く。

父はすぐ、「紹介状書くから、大きい病院で診てもらえ」と言いました。夏の終わり、冷たい雨の夜でした。

翌日、朝一番で実家から最も近い総合病院へ。車椅子に乗りながらも「どうせ筋肉炎って言われるんだろうな。筋肉炎なら○○先生のとこで筋肉注射すれば数ヶ月で治るし、総合病院で診察してもらってもったいなかったな……」としか考えなかった。

ところが、痛みの範囲の広さ、何より筋肉炎ならば上がっているはずの「炎症を起こしている場合に上がる数値」に「異常なし」。


先生は「『センイキンツウショウ』かもしれません。ただ、この病気は詳しく診ている医師が少ない原因不明の病気で、病気自体知らない医師も多いんです。△△△先生なら確かわかっていたはずだから、紹介状書きます。」と仰って、終始険しい顔をされていたのが、今でもありありと思い出されるのです。





すぐに総合病院から△△△クリニックへ。

△△△先生は痛みはいつからか、どこが痛むか、改めての採血……てきぱきと私の体を診て、夕方17時過ぎ……「『センイキンツウショウ』の疑い濃厚」との診断が下されました。

「夜眠れなくて痛みが解消しない」ことを訴えると、それは違う。
「眠れないから痛みが消えない」
のではなく
「痛いから眠れない」
んだよ、だから
「就寝前の眠剤を変える」のではなく
「痛みを和らげる薬」
が必要なんだよ、と。

リリカという薬を出され、帰宅。「原因不明」「予後はよくない」「治療法が確立されていない」「癌などの可能性も0ではないので、癌かどうかの検査を受けてもらいたい、癌の可能性を排除できたら『センイキンツウショウ』と断言できるので、今は『疑い濃厚』。」

病名らしきものが着き、安心し、「原因不明」でも「なったものは仕方がない。原因探しをするよりまず治った人を探し出す。」

体は痛くて仕方ないのに、今までボンヤリしていた頭だけがよく回る感じでした。





*なかなか携帯のボタンが押せないので、数回に分けて書きます。

*完治は2%以下ですが、行きたい場所に行くことと会いたい人に会う。その信念は変わりありません。

*ただ体が痛いから携帯を扱えないだけで、私の頭と心は元気ですのでご安心くださいね。





必ず、またご挨拶に伺います。

佳より