つらいです
もんごるです
突然ですが
皆さんは死にたい人は死ねばいいと思いますか?
おそらく
すべての人間は死にたいとなんか思ってはいません
死にたいと思うことは実は生きたいという気持ちの到達点だからです
ではなぜ死にたいと思うのか
これについては人それぞれですがなんとも
言えることは
生きたいと
考えて考えて考え抜いた揚句
考えるのに疲れた果てに行きつく思考ではないかと
そう思うんです
なので
「周りが悲しむ」とか
「迷惑かける」とか
そんなことがいわれますが
全部的外れです
もちろんそんなことはすでに考えてしまっています
それでもこれらの意見は人によって心を動かす要因になります
なぜか
それは
その人に生きる勇気と希望を与えるからです
周りのことを考えろと
半ばその人の人格を無視するような言葉かけが
どうして生きる勇気と希望を与えることになるのでしょう
それは
その人が一人で考えてきたからです
一人で考え続けて
苦しみぬいてきたからこそ
他者がかかわってくれることは
救いになります
一人じゃないって考えられることは
生きることにとって大きなことです
所謂「人は一人では生きていけない」というやつです
しかし
やはりこれらの言葉かけは
「お前のことはどうでもいいが周りが迷惑だ」
ととらえられる恐れがありますので
危険な言葉です
もちろん
乱暴に言い放つわけではありませんから
文脈によって与えるイメージは異なります
それでも
一人で考え抜いてずたぼろになった心では
なかなか受け止められないこともあります
ではどうすればいいのでしょう
やはり
生きる勇気と希望を与えるのがキーになります
もともと死にたいとは言いつつも生きたいのです
さらに
何らかのメッセージを発している場合
それは確実に生きたいので助けてくださいという意味です
そんなときこそ生きる勇気と希望の登場です
「人は一人では生きていけない」
人は多くの悩みや苦しみを抱えています
みんなそうだと思います
それを自分ですべてしょい込むことができる人もいればできない人もいます
むしろできない人のほうが多いでしょう
だからみんな
周りの人にちょっとずつ助けてもらうことで
余裕が生まれます
生きる勇気は
こうやって周囲に支えられることで
大丈夫と思える心の余裕が大きくかかわります
前述のとおり
一人で悩み苦しみ行きつく先は死です
だからこそ
一人じゃない
みんながいるよ
助けてあげるよ
こういった言葉が必要なんです
生きる希望についてですが
これは長期的な生きる勇気を生み出す装置です
人の心の中にあります
これが故障すると
自分では生きる勇気を生み出せなくなります
原因は他者とのかかわりが多いです
フラれたとか 就職できないとか
家族が死んだとか 仲間外れにされたとか
いじめられたとか 友達がいないとか
いろいろです
なんか話がややこしくなりましたが
生きる希望は見出すものです
見出すにしても
見えるものでなければ見えません
真っ暗で煙が充満している部屋で
落としたコンタクトレンズを探すのは無理でしょう
であれば
見えるようにしてあげればいいのです
暗ければ明かりをつけてあげましょう
煙が充満しているならば逃がしたり煙のもとをたてばいいです
視力が落ちているのであれば一緒に探すこともいいかもしれません
こうしていろいろ書きましたが
問題は
死にたいと思っている人に
ここまでしてあげる人がいるかどうか
これも重要です
もしいなければ
残念な結果が待ち受けることでしょう
自分は関係ない
心が弱いやつの面倒は見きれない
勝手にしろ
そういった思いが
また一人
今日もどこかで
殺人を犯すかもしれませんね
追記
僕は家族が仲悪いです
正確に言うと希薄です
友達もいません
正確に言うとみんな忙しいので遠慮してます
どこまで頼ればいいかとかわかりません
邪険にされたり忙しいからって言われたりするのが怖いです
彼女には見放されました
アスぺ気質なので爆発したりするんですが
怖いし気を使うの疲れたし自由になりたいそうです
わかれるとは言わせませんでしたが
いわれたらもうおしまいです
最後の生きる希望なんですもん
なので死んだらごめんなさいと言っておきます
追追記
彼女に許してもらいました
許す許さないもよくわかりませんが
前のとおり…
ともいきませんが
まあなんとかやってます
ただ他にもいろいろ問題発生
しばらく平穏とはいかないようです