なんて面倒臭いんだろう
生きることとは
梅雨だから洗濯物は乾かないし、湿気のせいか体が重い。エアコンで乾燥を運転させながら扇風機を回して、夏掛け用のカバーが乾くのを見ている。
窓の外は曇っていて灰色の空をしている、明日が来るのが嫌で嫌で、全ての仕事を辞めたい気分だ。そう思いながらベッドに横になっている。何故かって、明日は夜勤がある、そして苦手なミーティングが毎回ある、自分も発言しなくてはならない、恥をかいて終わりだ。もう誰とも会話したくない、自分の好きな人物とだけ関係があればいい。話すことはとてもエネルギーがいる、ましてや自分以外の人間の今日1日の様子を他人に報告するようなことはほんとに嫌い、苦手、不得意。恥をかいてしまうのも嫌だ、逃げたくなる。自分の得意なことだけしていてはダメな世の中なので、これはただの愚痴だ。
愚痴文章、誰に当てるわけでもなく、ただつらつらと文章を打ってみようと、鬱気分の私はスマホの小説を書くアプリを使って字を認めている。なんの意味もない事だ。嫌な気持ちをただ文章にして書き、少しでも不安から気持ちを背けようとしている。それでも夜勤は来てしまう、最悪だ。もう家から出たくない、この意味の無い餓鬼みたいな文章で金さえ稼げればどんなに楽か、と思ったが、それもまた恥をかくはめになると気が付き苛立つ。世間様に「私は仕事をするのが嫌でウジウジしている餓鬼です」と言ってようなものだ。エアコンのせいで冷えて、神経痛を患ってしまった右足をだるく思いながら、深いため息をついた。
なんで、夜勤なんかやると言ってしまったのだろう、理由は分かっている、賞与が頂けるからだ。ローンや奨学金の返済に頭を悩ませながら過ごしていた中でちょうどいい話があったと思ってしまったからだ。賞与と夜勤手当を頂ければ、1年半夜勤を頑張ればもうこれ以上ないほど楽になる。普通にちょこっと接客業をして家に帰って夕飯を食べ、風呂に入り、家族と会話して、眠る。そんな単純な生活になりたいがために、1年半我慢しようと意気込んで初めてしまった。研修も含めてもまだ3回しか行っていない夜勤にもう嫌気がさしている。家に帰れない不自由さ、初めて関わる人間が複数いるストレス、寝れず風呂入れずの日もあるかもしれないという不安、考えただけで鬱になってしまう。しかも他の人たちはエリートときた。もう消えたい。頭が良くてエリートな人たちの中で仕事をするのはいい刺激で、良い経験だと思うが、私からすると公開処刑だし、トラウマを作るだけなのだ。向上心がない訳では無いが、恐怖のが勝ってしまう。そしてその恐怖や不安のストレスのせいで体に不調をきたす。その不調のせいで今わけも分からず文章を書いてしまっている。ストレスとは本当にムカつく。
とにかく、夕飯に呼ばれたから1階に降りる。変わらぬ家族がいる。夕飯を頂く。美味い。しかし胃が荒れているのか満腹感と同時に気持ち悪さがある。せっかく作ってもらったご飯なのになぁと思いながら、それでも美味い飯に変わりはないから幸せだった。と思っていると幸せは突然壊される。大したことは無い、テレビのCMが同性愛者をモデルとしたものが映った時だった。「このCM気持ち悪い」と荒れてる胃にさらに追い打ちをかけるようなストレスのかかる言葉。知ってはいたが同性愛に対して反対する者がうちにいる。私は他人の恋愛事情に自分がとやかく言うなんて以ての外だし、何せデリケートな問題なのだからと触れずにいる。賛成とか反対とかない。ただその一言で一気に不味くなってしまった飯に申し訳なく感じながらとにかく胃にものを押し込んだ。通常を装うように、かつ、お前の考えは時代遅れで、世間様から見たら恥ずかしいものなのだぞと言いたい気持ちを押さえて夕食を終える。
本当は洗い物なりなんなりを手伝おうと思っていたが、胃の気持ち悪さと足の神経痛のせいで体が重い。自分が健康であって始めて手伝うことが出来るので先にお風呂を頂き体を温めることにした。
胃の不調の原因は昨晩の焼肉屋で飲んだ酒と徹夜でカラオケにいてしまった事にある。それぐらいしたかった、何せ私の誕生日だったのだから。仕事終わりに友人とひとしきり遊び帰ってきたのは朝方4時半。久しぶりにこんな遊び方をした。すごく幸せで楽しかった。だがその代償として年取った体にはきついものが待ち受けていた。胃よ、静まれ。
とはいえまだ若いんだけどね。
風呂でとりあえず泣いた。涙を流すと少し楽になるが、泣くことに対して少し抵抗がありギリギリまで我慢してしまう。泣いてしまえばひどい顔でグシャグシャで泣く。風呂上がりに動悸が酷かったからカモミールティーをお洒落に飲んでみた。
とりあえず今日は落ち着いた。
明日が来る、永遠にやってこないでくれ、怖い。
まぁ、来るんだけど。ああ、嫌だ。
生きることとは
梅雨だから洗濯物は乾かないし、湿気のせいか体が重い。エアコンで乾燥を運転させながら扇風機を回して、夏掛け用のカバーが乾くのを見ている。
窓の外は曇っていて灰色の空をしている、明日が来るのが嫌で嫌で、全ての仕事を辞めたい気分だ。そう思いながらベッドに横になっている。何故かって、明日は夜勤がある、そして苦手なミーティングが毎回ある、自分も発言しなくてはならない、恥をかいて終わりだ。もう誰とも会話したくない、自分の好きな人物とだけ関係があればいい。話すことはとてもエネルギーがいる、ましてや自分以外の人間の今日1日の様子を他人に報告するようなことはほんとに嫌い、苦手、不得意。恥をかいてしまうのも嫌だ、逃げたくなる。自分の得意なことだけしていてはダメな世の中なので、これはただの愚痴だ。
愚痴文章、誰に当てるわけでもなく、ただつらつらと文章を打ってみようと、鬱気分の私はスマホの小説を書くアプリを使って字を認めている。なんの意味もない事だ。嫌な気持ちをただ文章にして書き、少しでも不安から気持ちを背けようとしている。それでも夜勤は来てしまう、最悪だ。もう家から出たくない、この意味の無い餓鬼みたいな文章で金さえ稼げればどんなに楽か、と思ったが、それもまた恥をかくはめになると気が付き苛立つ。世間様に「私は仕事をするのが嫌でウジウジしている餓鬼です」と言ってようなものだ。エアコンのせいで冷えて、神経痛を患ってしまった右足をだるく思いながら、深いため息をついた。
なんで、夜勤なんかやると言ってしまったのだろう、理由は分かっている、賞与が頂けるからだ。ローンや奨学金の返済に頭を悩ませながら過ごしていた中でちょうどいい話があったと思ってしまったからだ。賞与と夜勤手当を頂ければ、1年半夜勤を頑張ればもうこれ以上ないほど楽になる。普通にちょこっと接客業をして家に帰って夕飯を食べ、風呂に入り、家族と会話して、眠る。そんな単純な生活になりたいがために、1年半我慢しようと意気込んで初めてしまった。研修も含めてもまだ3回しか行っていない夜勤にもう嫌気がさしている。家に帰れない不自由さ、初めて関わる人間が複数いるストレス、寝れず風呂入れずの日もあるかもしれないという不安、考えただけで鬱になってしまう。しかも他の人たちはエリートときた。もう消えたい。頭が良くてエリートな人たちの中で仕事をするのはいい刺激で、良い経験だと思うが、私からすると公開処刑だし、トラウマを作るだけなのだ。向上心がない訳では無いが、恐怖のが勝ってしまう。そしてその恐怖や不安のストレスのせいで体に不調をきたす。その不調のせいで今わけも分からず文章を書いてしまっている。ストレスとは本当にムカつく。
とにかく、夕飯に呼ばれたから1階に降りる。変わらぬ家族がいる。夕飯を頂く。美味い。しかし胃が荒れているのか満腹感と同時に気持ち悪さがある。せっかく作ってもらったご飯なのになぁと思いながら、それでも美味い飯に変わりはないから幸せだった。と思っていると幸せは突然壊される。大したことは無い、テレビのCMが同性愛者をモデルとしたものが映った時だった。「このCM気持ち悪い」と荒れてる胃にさらに追い打ちをかけるようなストレスのかかる言葉。知ってはいたが同性愛に対して反対する者がうちにいる。私は他人の恋愛事情に自分がとやかく言うなんて以ての外だし、何せデリケートな問題なのだからと触れずにいる。賛成とか反対とかない。ただその一言で一気に不味くなってしまった飯に申し訳なく感じながらとにかく胃にものを押し込んだ。通常を装うように、かつ、お前の考えは時代遅れで、世間様から見たら恥ずかしいものなのだぞと言いたい気持ちを押さえて夕食を終える。
本当は洗い物なりなんなりを手伝おうと思っていたが、胃の気持ち悪さと足の神経痛のせいで体が重い。自分が健康であって始めて手伝うことが出来るので先にお風呂を頂き体を温めることにした。
胃の不調の原因は昨晩の焼肉屋で飲んだ酒と徹夜でカラオケにいてしまった事にある。それぐらいしたかった、何せ私の誕生日だったのだから。仕事終わりに友人とひとしきり遊び帰ってきたのは朝方4時半。久しぶりにこんな遊び方をした。すごく幸せで楽しかった。だがその代償として年取った体にはきついものが待ち受けていた。胃よ、静まれ。
とはいえまだ若いんだけどね。
風呂でとりあえず泣いた。涙を流すと少し楽になるが、泣くことに対して少し抵抗がありギリギリまで我慢してしまう。泣いてしまえばひどい顔でグシャグシャで泣く。風呂上がりに動悸が酷かったからカモミールティーをお洒落に飲んでみた。
とりあえず今日は落ち着いた。
明日が来る、永遠にやってこないでくれ、怖い。
まぁ、来るんだけど。ああ、嫌だ。