音楽があるから生きてこれた。音楽があったから人生が豊かになった。音楽があったから友ができた。音楽があったから家族になった。過去をふりかえることが多くなった人生そこにはいろんな音楽のある風景があったように思う。
今日はひとこと4月1日。何を聴いてスタートするか雨の朝素晴らしいジャズからスタートしようめちゃくちゃCool!完璧な選曲だ
マラソンを走り始めてから20年がたつ。47歳から走り始めて。トレーニングの方法は、試行錯誤。ほんとにころころと変わった。初マラソンの前は基本は、ジムで走るのみ。初マラソンはアイルランドのダブリン。その前にイギリスで仕事。ロンドンとリバプールとマンチェスターの街を走ったりはしたが、それ以外は、外は一切走らなかった。でも、初マラソンのダブリンの街の中を走りだしたら直ぐにジムで走ってるのとは全然違うことを身体が感じた。それでも、帰国してから、トレーニングはジムのみ。初マラソンのタイムは5時間23分くらいだったと記憶している。次は上海。そのときも4時間30分は切れなかった。その次は那覇。全然駄目。4時間を初めて切ったのは、いつだろうか。菜の花が咲き乱れていたが、まだまだ寒い一月末の千葉の館山若潮マラソン。その直前にバリに行って砂浜を走った。その効果があったのかどうかは、わからない。コンスタントに4時間を切れるようになると3時間を切りたいと思うようになる。それくらいのレベルになると自己流では難しい。しかも年齢では勝負出来ない。工夫しないと。色々調べると速いランナーは、皆んな外ランをしているのに気がついた。やっと。それから速くなった、少し。54歳のときが一番練習したし、コンスタントにそこそこのタイムも出せていた。でも、壁にぶつかる。色んな意味で。タイムが伸びないと楽しくなくなる。何かタイム以外の喜びをみつけないと。そこで行き着いたのが、早朝の夜明け前のランニング。そして、ヘッドホンで音楽を聴きながら走る。今は朗読を聴くことも加えている。どんなときでも一番なのは、学生時代からのファンでもある、サザンオールスターズ。とくにライブが好きだな。これはどんなアーティストもそう。昨日は、ハワイ島のヒロのマラソン。ハワイ諸島のマラソンだけで19回目。ヒロのマラソンも3回目。67歳になって、最近はトレーニングもままならず、正直苦労している。どうやって42.195kmを乗り切るのか。音楽が無ければ、今頃、走ることももちろん、マラソンなんて到底やめていただろうなと思う。サザン以外のすべてのアーティストにも感謝しかない。無事に完走するまで、練習で自宅に帰るまでいつもヘタレランナーの俺を支えてくれた。お蔭でこれを書いている今、元気いっぱいである。スケジュールは、2027年末までのマラソン大会までは決めている。次の移動先のオアフ島では朝のランニングをするだろうし、これからも早朝のトレーニングのときに、マラソン本番のときに、好きな音楽に励まされてこれからも走りつづける。その為に元気でいる。音楽のお蔭そんなことをあらためて思った。
このLPはめちゃくちゃ聴いた。とても大事なLP。自分で買ったものじゃないけどね。この作品がリリースされたときは、当時在籍していたレコード会社の関西広報室という部署におり、単身赴任していた。28歳。当時の夙川のマンションでひとり、何度聴いただろうか。仲の良かった東芝EMIの洋楽担当からもらったサンプル盤。関 西エリアの各レコード会社の洋楽担当はサンプル盤の交換みたいなことをに日常的にやっていた。東京に比べれば、のどかというかおおらかというか。この作品は名曲揃いでバラエティにも富んでいてほんとに何度聴いても飽きない。最初の「Red Rain」からガツンとくる。「Sledgehammer」はMTVでヘビーローテーションで映像としても斬新で今でも記憶に強く残っている。「Don't Give Up」はケイト・ブッシュの声が刺さる。あとは何といってもB面の「In Your Eyes」。これでYoussou N'dourが世に出た。つまりYoussou N'dourをセネガルから世界の舞台に出したのが、Peter Gabriel。Peter Gabrielはのちに自身の手でWorld Musicのレーベルをつくるんだけど、当たり前だけどすでに世界中の魅力的な音楽を知っていたのだ。その豊饒な世界もとりこんだPeter Gabrielの音楽世界。まだ『World Music』というキーワードも無かった時代に。「世界の音楽」の世界に誘ってくれたのはPeter Gabrielだったのだと思う。もちろん、僕だけじゃなくてね。世界中を。