音楽があるから生きてこれた。音楽があったから人生が豊かになった。音楽があったから友ができた。音楽があったから家族になった。過去をふりかえることが多くなった人生そこにはいろんな音楽のある風景があったように思う。
今日はひとこと4月1日。何を聴いてスタートするか雨の朝素晴らしいジャズからスタートしようめちゃくちゃCool!完璧な選曲だ
マラソンを走り始めてから20年がたつ。47歳から走り始めて。トレーニングの方法は、試行錯誤。ほんとにころころと変わった。初マラソンの前は基本は、ジムで走るのみ。初マラソンはアイルランドのダブリン。その前にイギリスで仕事。ロンドンとリバプールとマンチェスターの街を走ったりはしたが、それ以外は、外は一切走らなかった。でも、初マラソンのダブリンの街の中を走りだしたら直ぐにジムで走ってるのとは全然違うことを身体が感じた。それでも、帰国してから、トレーニングはジムのみ。初マラソンのタイムは5時間23分くらいだったと記憶している。次は上海。そのときも4時間30分は切れなかった。その次は那覇。全然駄目。4時間を初めて切ったのは、いつだろうか。菜の花が咲き乱れていたが、まだまだ寒い一月末の千葉の館山若潮マラソン。その直前にバリに行って砂浜を走った。その効果があったのかどうかは、わからない。コンスタントに4時間を切れるようになると3時間を切りたいと思うようになる。それくらいのレベルになると自己流では難しい。しかも年齢では勝負出来ない。工夫しないと。色々調べると速いランナーは、皆んな外ランをしているのに気がついた。やっと。それから速くなった、少し。54歳のときが一番練習したし、コンスタントにそこそこのタイムも出せていた。でも、壁にぶつかる。色んな意味で。タイムが伸びないと楽しくなくなる。何かタイム以外の喜びをみつけないと。そこで行き着いたのが、早朝の夜明け前のランニング。そして、ヘッドホンで音楽を聴きながら走る。今は朗読を聴くことも加えている。どんなときでも一番なのは、学生時代からのファンでもある、サザンオールスターズ。とくにライブが好きだな。これはどんなアーティストもそう。昨日は、ハワイ島のヒロのマラソン。ハワイ諸島のマラソンだけで19回目。ヒロのマラソンも3回目。67歳になって、最近はトレーニングもままならず、正直苦労している。どうやって42.195kmを乗り切るのか。音楽が無ければ、今頃、走ることももちろん、マラソンなんて到底やめていただろうなと思う。サザン以外のすべてのアーティストにも感謝しかない。無事に完走するまで、練習で自宅に帰るまでいつもヘタレランナーの俺を支えてくれた。お蔭でこれを書いている今、元気いっぱいである。スケジュールは、2027年末までのマラソン大会までは決めている。次の移動先のオアフ島では朝のランニングをするだろうし、これからも早朝のトレーニングのときに、マラソン本番のときに、好きな音楽に励まされてこれからも走りつづける。その為に元気でいる。音楽のお蔭そんなことをあらためて思った。
このLPはめちゃくちゃ聴いた。とても大事なLP。自分で買ったものじゃないけどね。この作品がリリースされたときは、当時在籍していたレコード会社の関西広報室という部署におり、単身赴任していた。28歳。当時の夙川のマンションでひとり、何度聴いただろうか。仲の良かった東芝EMIの洋楽担当からもらったサンプル盤。関西エリアの各レコード会社の洋楽担当はサンプル盤の交換みたいなことをに日常的にやっていた。東京に比べれば、のどかというかおおらかというか。この作品は名曲揃いでバラエティにも富んでいてほんとに何度聴いても飽きない。最初の「Red Rain」からガツンとくる。「Sledgehammer」はMTVでヘビーローテーションで映像としても斬新で今でも記憶に強く残っている。「Don't Give Up」はケイト・ブッシュの声が刺さる。あとは何といってもB面の「In Your Eyes」。これでYoussou N'dourが世に出た。つまりYoussou N'dourをセネガルから世界の舞台に出したのが、Peter Gabriel。Peter Gabrielはのちに自身の手でWorld Musicのレーベルをつくるんだけど、当たり前だけどすでに世界中の魅力的な音楽を知っていたのだ。その豊饒な世界もとりこんだPeter Gabrielの音楽世界。まだ『World Music』というキーワードも無かった時代に。「世界の音楽」の世界に誘ってくれたのはPeter Gabrielだったのだと思う。もちろん、僕だけじゃなくてね。世界中を。
今朝、走りながら、ヘッドホンで谷崎潤一郎の小説『吉野葛』の朗読を聞いていた。そのときに思った。谷崎潤一郎の『春琴抄』とフランス🇫🇷映画『Betty Blue』の世界は、似ていないかと。いや、その前に『Betty Blue』の音楽の話をしてみたい。この映画において、音楽はとても重要。この映画は、ストーリーも素晴らしいけど、映像美が目に焼き付く。音楽とともに。Gabriel Yaredの。胸にくる。アルバム全編通すととくに名盤という感じもしないが。(全然、関係ないが、映画『ミッドナイト・イン・パリ』でオーウェンが再会する骨董屋さんの女性と自己紹介し合うシーンが好きなんだな。彼女の名前は、Gabriel。それを思い出した。)このジャケットが大好きで、ずっと手元においておきたい一枚だ。彼女たちが過ごした南仏のささやかな家と夕景にBettyの眼差し。彼女に愛された男は幸せだった。あんなに愛されることってあるのだろうか。愛とは?作家を夢見ているだけの男に「生きる」ということを教えてくれたBetty。この映画でのBettyと生成AIの女性と恋する物語『her/世界でひとつの彼女』でのAIの行動が不思議なことにシンクロするのは何故なのだろうかとも考えた。AIの声のスカーレット・ヨハンソンも良かったんだけど。あの映画にも泣かされた。AIの彼女は、彼の作品を出版社に送るんだよ。Bettyと同じように。無償の行為。ホアキン・フェニックスのもとに届くリアルな出版物。いつの世も例えデジタルの世でも、かくも愛というものは無償のもの。いずれの作品もエンディングは、虚構のひとつであるから、そこに拘泥すべきでないのかもしれない。『春琴抄』にはあまり触れなかったけど、いずれも素晴らしい愛の物語。春琴と佐助のようにお墓が隣り合っていなくても、アップデートすることが宿命のAIであっても。究極は最愛の男が殺めなくてはならないほどの狂気の愛がそこにはあったのだと思う。男は永遠の愛をもらった。男は夢を語り愛をもらうことばかり。。
たまに見る動画だけど、大好きなクリップシャルロットとジョニー・デップの。シチュエーションが、パリのサンジェルマン・デ・プレのVirgin Megastoreの試聴機で試聴するふたり。情け無い男の惨めな恋の話だけど、誰にでもこんな思いに近い経験ってあるんじゃないかとも思う。でも、試聴機の隣でこんなことって無いよなと思うけど、こんなことがあったら、面白いなとも思う。個人的にこの頃のジョニー・デップが一番かっこいいと思う。パリはなんともロマンチックな気分にしてくれる魔法の街である。ウディ・アレン監督の映画『ミッドナイト・イン・パリ』のエンディングも思い出した。ハリウッドで脚本家として成功している男がパリで作家生活に憧れているけど、ままならない。彼が書いている小説は、骨董屋を営む男の話。そんな彼がパリの骨董店で古いコール・ポーターのLPに出会う(ひょっとしたら、SPかも?)。そのお店の女の子と最後のシーンで再会するシーンが最高なんだな。雨も降ってきて。彼女が「コール・ポーターの新しい入荷があったから、あなたのことを思い出したのよ」「なんだ、それでか」みたいなやりとりだったかと思う。「雨のパリっていいよな」って雨に濡れながら、カフェに向かう。ハッピーエンディング。こんな出会いと再会は最高だな。こういうことを描ける映画とか小説って虚構の世界なんだけど素晴らしいと思う。この映画を見るとハッピーな気持ちになるから好きさ。深いところもあるよ。過去に憧れるマリオン・コティヤールと意気投合するんだけど、過去はタイムスリップする度にそうじゃないということも学んでいく。マリオン・コティヤールはほんとに素敵だったけど。あそこで別れられるってやっぱり虚構だと思う。過去に憧れるのを一概に幻想だと言い切ることは僕には出来ない。幻想ではなくて想像することがとても大事だと思う。パリは想像力をかりたててくれる街。そういう街を持つことって幸せなことだ。
Good Morning!今朝の気分にぴったり。やはり天気が良い日はうれしい。はやく自分を聴いてくれとこのアルバムジャケットは訴えかけてきていたのだけど、まさに今朝、これだと思ってターンテーブルに載せたよ。70年代後半の学生時代の気分にもタイムスリップ。あの頃はよかった。あの頃もよかった。いつの時代にも素晴らしい音楽があった。ライナーノーツを読むと、その後音楽業界に入ってから大先輩としても自分が制作担当をした作品のライナーノーツを依頼した方が書いていた。あのひとにはよくしていただいたなあ、今もある、溜池にあるホテルのバーで飲んだことも思い出される。気持ちのいい朝、そろそろ春かな。
一瞬で場が変わる音楽がある。2月24日に亡くなったロバータ・フラックさんを偲んで。『やさしく歌って/ロバータ・フラック』の1曲目「Killing Me Softly With His Song(邦題:やさしく歌って)」は、誰もが一度は耳にしたことがある曲、唄声だろうことは間違いない。胸をしめつけられる思いをした経験があるひとの胸には刺さると思う。このアルバムを持っているなら、2曲目の「JESSIE(邦題:わが心のジェシ)」まではつづけて聴きたいものだ。ジャニス・イアンの曲だが、この曲を聴き終えて終了。少し辛くなる。ロバータ・フラックの歌声は、永遠であることは間違いない。肉体はなくなっても、残るものがある。アーティストは素晴らしい。Fugeesのカバーも聴いてみた。
サンバ・カンソゥンの女王、今は亡きブラジルの至宝。エリゼッチ・カルドーゾ彼女の永遠の名盤も手元にあるが、それについて書こうと思ってLPを聴いていて、他のアナログ盤も聴いてみたいな、入手できるのだろうかと検索してみたら、これはというものが見つかった。しかも、日本来日時のライブ録音。1977年9月23日 東京渋谷公会堂にてマルチ・トラック方式録音と記載がある。「みなさん、こんにちは。エリゼッチ・カルドーゾです。」から温かい雰囲気で始まるが、いきなり本場のサンバ感満開でスタート。彼女の情感溢れる歌唱にも酔いしれる曲もある。このころは毎年来日していたとのこと。昔は、よく中南米のアーティストは来日していたんだよなぁと感慨に浸る。素晴らしい日本のライブ録音盤。お宝をゲットしてとても幸せ。聴衆の拍手もとても温かく感じる。拍手を聴くのもうれしい。これから、このアルバムを僕は何度も聴くのだろうな。まだ大学生で何も世界の音楽のことなんてしらなかったころの渋谷公会堂の客席にタイムスリップする幸せ。音楽の魔力も感じさせてくれる一枚だった。
昨日、一冊の本と一冊の雑誌が届いた。本は『風姿花伝』。世阿弥が書いた能楽の秘伝書だ。ずっと興味はあったが、概略しか知らず、人伝ての知識しかなかった。だから、いつか直接そこに行かなくては、と思っていた。能楽と音楽には繋がりがある。まだ読んではいないが、きっと何か響くものがあるはずだ。この本は、室町時代から何百年もの間、本当に「秘伝書」として伝えられてきたもの。それが明治時代になって、ようやく表に出たと聞く。そんな本を前にすると、身が引き締まる。今朝、まずは書いてみた。風姿花伝秘すれば花なり善悪不二世阿弥の生の言葉が、聞こえてくるだろうか。
昨日、「これは朝に聴くのにいいレコードだな」と思い、今朝さっそく針を落とした。ところが、どうもざわつく。相棒の猫も、右脚を上げたまま止まっている。レコードから流れるのは、グルダが奏でるバッハの《イタリア協奏曲》。「やっぱりバッハは違うなぁ」と、わかったふりをしながら聴いていた。作品が素晴らしいことに疑いはない。ただ、今思うのは——身体のエンジンがかかってくる時間帯なら、しっくりきたのかもしれない、ということ。早朝の静寂には、そのまま静寂の美しさを味わうのがいい。それに、この音楽はBGMとして聴くものではなかった。書道をするときに合うかと思ったけれど——墨を磨りながら、「やはり静寂でなくては」と思い直す。いくつか心に浮かんだ言葉を書いた。今朝の言葉『無功徳』
天気の良い日曜日ゆっくり、ゆったりと。アナログのLPを聴きたくなる。そんなときにふと思い出すのが、最近あまり名前を聞かなくなったフィービー・スノウ(Phoebe Snow)。彼女の音楽は、間違いなく至福の時間へと誘ってくれる。1975年にリリースされたこのアルバムは、全米で100万枚以上を売り上げた。日本では、僕が入社したレコード会社から発売されていた作品だ。落ち着くんだよね。幸せな気分になる。ノリは都会的で、大人の雰囲気。もの悲しい歌詞も多いけれど、それがまたいい。心地よいグルーヴ、心に染みるメロディ一曲目の "Good Times"。"Everybody get in the groove" から始まるこの曲が、まずは心地よさへと誘ってくれる。落ち着いたパーティタイムの幕開けだ。続く "Harpo's Blues" は、アルバムの中でも特に好きな一曲。ここまでで、すでに幸福感に満たされる。アルバム全体を通して、「生きるって大変」とか「恋は辛い」といったことを、さらりと歌っている。きっと、そういうところが好きなんだろうな。名曲揃いのSide 2Side 2の一曲目 "I Don't Want the Night to End" も聴きどころ満載。「これから先、どうなるのだろう。 いっそのこと、夜がこのまま終わらなければいい……」こんな歌詞に、思わず引き込まれる。今度、渋谷のリクエストを受け付けてくれるあのBarで、かけてもらおうかな。ギター、ベース、サックス……それぞれの楽器が、まるで語りかけてくるようだ。フォーク? ブルース? ジャズ?フィービー・スノウの音楽は、どのジャンルにも収まりきらない。都会的で、クールな響き。代表曲 "San Francisco Bay Blues" がヒットしたけれど、彼女自身はニューヨークの人だった。2011年、60歳でこの世を去った彼女の歌声は、今も色褪せることなく響き続ける。アナログの魔法アナログのレコードには、ただの音楽以上のものがある。ノスタルジックな気分をくすぐり、その時代の空気にトリップさせてくれる。このアルバムを聴いていると、まるで目の前でフィービー・スノウがライブをしてくれているような錯覚に陥る。日曜日の午後、そんな時間に身を委ねてみるのも悪くない。
レコード会社時代の思い出売れないレコードを沢山出した洋楽ディレクター一番売れなかった作品TEACHER DON'T TEACH ME NONSENSEフェラ・クティを知ってアフリカに興味を持った。あるフォトジャーナリストが獄中にいる凄いナイジェリアのアーティストの話を持ってきた。詳しくは覚えていないんだけど、とんでもないミュージシャンがナイジェリアにいて、国に反逆して刑務所に入って拷問を受けたりしてきたんだけど、やっと出てきて新しいアルバムを出すから、それを日本で発売しないかという話。なんかめちゃくちゃ興奮したのを覚えている。これはリリースしたい。単純に思った。過去に売れたアーティストであったことも知らない。聴いたことも無い。まずは聴かないと。過去の作品。『ゾンビ』を聴いたら、とんでもないものを聴いたと思った。初めての感覚。一曲がとんでも無く長い。自分の価値観のちっぽけさも感じた。刑務所を出て最初の作品。「フェラ・クティ TEACHER DON'T TEACH ME NONSENSE」ただ、これはリリースしないといけないと思った。すぐに制作部長にリリースしたいと申し出た。そのときの部長もノリが良かった。「やるか!」ということになり(部長は、その昔、「ゾンビ」が売れたことを知っていたし)担当として相当気合い入れて宣伝にも力を入れたつもりだったけど、空回りだったかもね。イニシャル枚数が記録的に少なかった。あり得ない!と思ったけど。自分の力の無さを思い知らされた。ワンマン社長とも宣伝方法で一悶着あり翌日、マーケティングに異動の辞令が出た。そんな苦い思い出も今となっては懐かしいというか、全ては経験。今につながってるんだよね。善悪不二。フェラの素晴らしさは、絶対的なものアフロ・ビートがどうとかクラブシーンでどうとか結局、めちゃくちゃ売れたアーティスト永遠(本棚から)『何故か、音楽業界へ』何も考えていないおとこのこだった。高校三年時には大学進学を考える。大学進学を考えるとその先の就職というものも考えるものだったようだ。同級生の中には、就職に強…ameblo.jp
随分昔に六本木にMusic Barを開いていたことがある。六本木の店の名前は「ムーンダンス Moon Dance」といった。今でこそ、「俺は月が好きだ。」と言えるが、ずっと昔からきっと好きだったのだなぁと思う。当時、店の名前に何かいいものはないだろうかと妻に相談したのではないかと思う。そしてふたりが好きなアーティストの好きな曲からとったのではないかと記憶している。今では僕は「月」が好きなんだとすごく思う。いろんな月を見ていてそう思う。心が動かされる。思わず写真を撮りたくなる。同じように「京都」も好きだ。死ぬほど恋焦がれているといってもいいほどだ。そして「京都人」も「月」が好きだ。『京都人の密かな愉しみ』というドラマがある。このドラマをしってから京都にのめりこんでいったから、このドラマの魅力を書き出したら、いくら時間があっても足りないが、第4話の『月夜の告白』はとくに何度も見る。「月」に因んだ、切ない恋の物語が挿話として入るが、基本的な連続ドラマのこの回のテーマが「月」。洛志社大学(同志社大学をイメージさせる架空の大学)のイギリス人女性教授エミリー・コッツフィールドが帰宅してスコッチを一杯、「あー、御萩とスコッチウイスキー、めっちゃ合う」というセリフは、スコッチ好きにはとても刺さった。僕はスコッチのシングルモルトが大好きだけどスコッチに御萩が合うという人がいるとは。。例え劇中の存在であったとしても凄いと思う。僕にとっては、昔はビールに大福というのは定番だったが。また、「二十六日目の月が好きなんていう京都人がいる。いくらなんでも細すぎるだろ。」と京都人をディスるコメントも楽しい。いやいや、その細い月に、待つ恋の切なさや儚さに胸を焦がす人たちが多くいたから、夜中に出てくる細い月を待つ「二十六夜待ち」というものもあったのだろう。ロマンチックなことだ。「月待ち信仰」では月を形によって仏にみたてていた。十三夜の月は虚空蔵菩薩十五夜の満月は大日如来二十三夜の月は勢至観音二十六夜の月(深夜に出て有明に沈む)は煩悩や愛欲を肯定する愛染明王二十六夜待ちの和歌の多くは恋の歌らしい。「二十六夜待ち」も含めた「月待ち信仰」は、明治以降廃れたらしいが、京都人の心の中にはまだ明らかに残っていると思う。二十三夜の月(自宅から見上げた空に)二十六夜の月(明け方 5時半すぎ)実は、「江戸っ子」も「月」が好きだった。江戸では、「高輪」が月見の名所だった。江戸時代は「高輪」までが陸地で目の前が「海」だったから。「高輪」の坂の上や品川沖に小舟を浮かべて海からも眺めて「月」が有明に沈むまでを愛でたそうだ。その様子が浮世絵で描かれている。歌川広重も見晴らしのいい高輪に足を運び、何度も「二十六夜待ち」を愉しんだことだろう。『高輪廿六夜之図/歌川広重』『東都名所高輪廿六夜待遊興之図/歌川広重』↑リンク先の山口県立萩美術館の説明もご参考に月待ちの信仰は日本各地に残っていたから、日本人は昔から「月」のことを好きだったのだろう。天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも 阿倍仲麻呂これも有名な和歌だ。唐でみる「月」からふるさとの奈良を想った。月はひとの心を狂わせるとも言うが。アイルランドのアーティスト、Van morrisonが歌った「moondance」。Well, it’s a marvelous night for a moondanceCan I just have one more moondance with you, my loveVan Morrisonもアイルランドの月を見て心を動かされただろう。月夜がひとの心をざわつかせるのは古今東西変わらないのだろう。天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
最近、ハマってカセットでブラジルのサンバの歌手、アルシオーネ(Alcione)ばかり聴いている。好きだったなぁ。生で聴いたことはないんだけど、声の迫力が。ボサノヴァ(ボサノヴァもサンバなんだけど)の歌手とは全然違う。日本人では絶対にいないタイプ。(Spotifyでも聴ける)レコードもあるはずだが、昔のカセットが何本も出てきたので、まずは『私はサンバ(邦題)』から聴きだしてみたら、もうやめられない。こればっかり1週間くらい聴いている。両サイドともにサンバの躍動感と、ときに「サウダージ」も感じさせてくれる情感あふれる圧倒的なヴォーカル。どうしてるかな?元気だよなと思って少し調べたら、健在!Disk Unionのサイトによると「サンバを象徴するシンガーのアルシオーネが、そのキャリア50周年を記念して行ったツアーの中から、リオデジャネイロの市立劇場で行ったライブの模様がDVD化」ということで『50 ANOS』という2024年ブラジル発売のDVDも手にはいる。今もカセットを聴きながら、これを書いている。しかし、よくぞこのタイトル『私はサンバ(邦題)』を担当者はつけた。洋楽の担当者は、日本仕様を出すときには原タイトルをそのまま、カタカナにすることもあれば、イメージや思いを日本語のタイトルにこめることもよくある。原タイトルは『ALERTA GERAL』。この日本語タイトルをつけた大先輩も天晴れだし、そのタイトルに値する歌手であった。(事典 ラテン・アメリカの音楽より)1983年に来日もしているが、残念ながらその頃は存在を知らなかった。アルシオーネには、他にもヒットアルバム『愛のサンバは永遠に(邦題)』というタイトルもある。このタイトルをつけたひとは同じだよね、絶対に。(笑) でも、気持ちが凄くわかる、同じレコード会社の大先輩。きっと担当者として大好きだったんだろうな、楽しかっただろうな、そんなことも思ってしまう作品、アーティストだった。今も健在なのだ。ついでの話として、僕にとっての最初のサンバ・カンソンの洗礼は、ブラジルの今や伝説の歌手、故エリゼッチ・カルドーゾ(Elizeth Cardoso)。1977,78年と来日と書いてあるが、僕が見たのは、1987年ころかな。五反田簡易保険ホールで見た。(事典 ラテン・アメリカの音楽より)他にも地味だけど五反田簡易保険ホールは凄い伝説のコンサートをやってたように記憶している。「ピアソラとミルバ」も。そのときはピアソラに挨拶も出来た。「ミルトン・ナシメント」も大好きだったので生を見れたときは感動した。今日は、大昔、レコード会社の宣伝マンだったころに買った本『事典 ラテン・アメリカの音楽』なんかもぺらぺらとめくっているとどうしても昔を思い出してしまう。懐かしい昔のサンバ。レコード会社時代に遊んでいた青山や六本木や恵比寿などで聴いたブラジル音楽の気分も思い出される。(事典 ラテン・アメリカの音楽より)
何故かお洒落な人をも惹きつける摩訶不思議ワールド、インド・パワーを知る一枚!ベリーダンサーの向こうを張るボリウッ ド・ダンサーも増殖中! それもそのはず、ルーツは同じ。 そう、インドに行こう!この一枚でムンバイへ!数々の有名なフィルミ・ソングのリミックスでトリップ!とびきり贅沢な極上のインドのダンス・チューンでノリまくる。一曲目からカナダのアカデミー賞と言われる ジニー賞を受賞した映画『ボリウッド・ハリウッド』の「ソナ ・ソナ・ループ・ハイ」でスイッチ。二曲目は、UK在住のナンバー1女性ラッパーのHard Kaur(ハード・コール)をフューチャーした「Party in Bombay 」では彼女の魅力が炸裂。三曲目は、サイケデリック映画『ハレ・ラマ・ハレ・クリシュナ』からアーシャ・ボースレーのヒット曲「Dum Maro Dum」を現代風にアレンジ。四曲目の「ディスコ・ディワーニィ」も多少古めかしさを感じるが1980年にリリースされ、ロシアやブラジル、南アフリカ、インドネシアなどでも大ヒットしたこれもボリウッドの魅力。最後の2005年の最大のヒット曲のリミックスまでボリウッドの魅力満載。聴けば聴くほど癖になる。ボリウッド中毒への一枚。『初インドの洗礼を思い出す-インドの音楽カセット(ラジャスタンの笛と太鼓)』『RAJASTHANI FOLK TUNES ON BEEN』朝から、インドのラジャスタンの笛と太鼓の音楽を聴いている。口琴(モールシン)の音も聴こえる。…ameblo.jp試聴ページDance Club India from Bollywoodhttp://amzn.to/2z0syCFLove Lounge from Psychedelic Indiahttps://amzn.to/2rYQTUVチャクラ・マンダラhttps://amzn.to/2EDpYVVシャンティ:ヒンドゥ・ディヴァイン・ラウンジ(マントラ,バジャン)https://amzn.to/2LzKtVaサイケデリック・インディアhttps://amzn.to/2T5Hoieインディア・クラブ☆ゴアhttps://amzn.to/2QHIYd6ニルヴァナ・ラウンジhttps://amzn.to/2LtfJFjインディアン・レシピhttps://amzn.to/2BJTnuPファンキー・マサラhttps://amzn.to/2rQx0ziパーカッション・マサラ Percussion Masala(インドの様々なパーカッション集)https://amzn.to/2rQgMpBファンカデリカ~ダンシング・トゥ・ア・ディファレント・ドラムhttps://amzn.to/2R9rXIuアフリカン・ドラム・トランス(African Drum Trance)https://amzn.to/2GN0oAPトゥンガ tunga(西アフリカ、マリの弦楽器コラ)https://amzn.to/2PVc97sリドゥン Rhydhun-an odyssey of rhythmhttps://amzn.to/2R6WPcz
もう3年以上前の話だが、ジャンベフォラ(アフリカの太鼓の神様)と言われ世界中で活躍したママディ・ケイタ(ギニアからベルギーに亡命)という太鼓叩きが亡くなったことを鹿児島の知人から知らされた。鹿児島でニュースになったらしい。【R.I.P.】世界的ジェンベ奏者、ママディ・ケイタ急逝ママディは本当に素晴らしい太鼓叩きだった。ママディとの最初の出会いは今は無き六本木のWAVE館地下の映画館『CINE VIVANT』のスクリーンを通してだった。劇場公開日が1993年9月10日ジャンベフォラ 聖なる帰郷 : 作品情報 - 映画.com (eiga.com)。キャパは大きくない映画館だったが、徐々に映画の衝撃は広がっていった。僕はWAVE館内に貼られたポスターを見て「この映画は見なければいけない映画だ」と直感的に思った。鑑賞後ほどなくして前職(百貨店)で同僚だった美術館系の知人(彼も転職していた)から「『ジャンベフォラ』を見たか?」と電話が入った。お互いの感動を分かち合い、彼から「一緒に招ぼうか!」と誘われた。実際には彼が所属していた会社が中心となり、僕はサポートとして関わった。関連のCDは異例の販売数となった。ママディのグループは来日し、東京以西で8回コンサートを行い、かなりの反響を呼んだ。ジャンベが日本でもポピュラーになったのはママディのお蔭だと断言する。(ママディのこの初来日ツアーはNHKでも特番として放映された)合宿みたいな感じでギニア、セネガル、トーゴ、ブラジル、ベルギー(全員ベルギー在住)のメンバーたちと寝食をともにして過ごした日々は忘れることができない。東京~鹿児島県三島村~奄美~岡山~広島~大阪~川崎。1994年8月の日本公演のパンフ(表)1994年8月の日本公演のパンフ(中面)何故、ママディも亡くなってから随分経つのに書いてみようかと思ったのか。1994年夏の日本公演のパンフが突然出てきたからだ。ものを整理していると予期せぬものが出てくることはままあることだ。もう30年近く前にママディたちと過ごした夏の暑い、熱~い1か月。すべての会場が熱狂した。大多数の観客が初めて見るジャンベを中心とした西アフリカの太鼓のアンサンブルの美しさと迫力にとんでもないものを見てしまったという興奮と恍惚感に酔いしれた。コンサートと両輪になったのが多くのみんなが初めてのジャンベと触れ合えるワークショップ。神様ママディから直接教われるのだから、ワークショップも大変な活況だった。ママディがその後も来日の度に訪れた鹿児島の三島村にはママディと地元の方々がつくったジャンベスクールが今も営々と続いているのはあの1994年夏のワークショップの感動と興奮を語り継ぐ人たちがいるからだろう。自分は太鼓叩きでもなんでもないが、自宅の奥にしまってあった、何故かローマでセネガル人から買ったジャンベを出して庭で写真を撮ってみた。偉大なアーティストも亡くなる。あるとき、身近なミュージシャンのあまりにもはやい最期の知らせを受け取った。「マラリア」。無知な僕はアフリカ人がマラリアで亡くなるのか!と。悲しみのあと思ったのは、「彼は生き続けている。彼の音楽は生き続けているじゃないか!」ママディもそうだ。アフリカの太鼓、ジャンベ、ママディ・ケイタは生き続けている。ママディ・ケイタの音楽は生き続けている。『圧巻 怒涛のドラム 陶酔のドラムを浴びる』ご覧いただき誠に有り難うございます。『afromotive-drum & tribe 陶酔のパーカッション』生音の伝統音楽とエレクトロニカを組み合わせた怒涛陶…ameblo.jp『泥臭くないアフリカの太鼓。』ご覧いただき誠に有り難うございます。-国内盤未開封の新品です-『アフリカン・ドラム・トランス』驚異のキラー・アイテム満載!激ヤバ、激カッコいいヒット・チューン…ameblo.jp『西アフリカのハープの逸品:『Tunga/Mamadou Diabate』』ご覧いただき誠に有り難うございます。『Tunga/Mamadou Diabate』(未開封新品。国内盤。定価2625円)2010年グラミー賞「ワールドミュージ…ameblo.jp『マリやセネガルは凄いアーティストの宝庫。アフリカ入門編としても好適盤! 西アフリカ伝統のグルーヴ』伝統とモダンが融け合った"今"の西アフリカの音楽の豊饒な世界(国内盤リパック仕様)『West African Music/V.A.』マリやセネガルは凄い…ameblo.jp
ご覧いただき誠に有り難うございます。-国内盤未開封の新品です-『アフリカン・ドラム・トランス』驚異のキラー・アイテム満載!激ヤバ、激カッコいいヒット・チューンから伝説の音までアフリカン・ダンス・グルーヴ溢れるアフロ・パーカッションCDの登場!リアル・トランスのカリスマ、ジュノ・リアクターとの共演でも有名な南アフリカのパーカッション・グループの『アマンポンド』の2曲を核にJason Hannのアルバム『Djembe Furia』からは、トランシーなアフロ・パーカッションの嵐の曲をフューチャー、数年前にBEYONCE"Crazy In Love"をネタに使って話題を呼んだBacci Bros(Dario & Vezio Bacci)の「Djembe」は、ラテン・ハウスでソウルフルでファンキーなダンスフロアへ。ゴアギルのユニット、The Nommosの「Djembe」はサイケデリックなGoaトランス。"House Of Pain"で知られるMiss Distess Xの「African Drum (IC3M4N Remix)」は、豪快なビートでテンションを引き上げる、暴れん坊なパーティー・トランス!ちょっと前にヒットした王道アフリカントライバルトラック!DJ Toolsとしても最高な「One Drum (DJembe Dub)/Shovell」と息をつかせず、セネガルのマスタードラマーの枯れた伝統技、ガーナの伝説ドラマーGuy Warrenの聴かねばならない伝説の音、そしてラストのナイジェリアのパーカッションマスターのTimi-Dのトーキング・ドラムなどトラディショナルなアフリカン・ドラムのアンサンブルで陶酔の極みへ。アフリカン・ドラムの楽しさがこれでもかと詰まった内容。試聴ページ:http://www.worldmusic.co.jp/africandrumtrance/『圧巻 怒涛のドラム 陶酔のドラムを浴びる』ご覧いただき誠に有り難うございます。『afromotive-drum & tribe 陶酔のパーカッション』生音の伝統音楽とエレクトロニカを組み合わせた怒涛陶…ameblo.jp『アフリカの太鼓(Djembe)との出会い』もう3年以上前の話だが、ジャンベフォラ(アフリカの太鼓の神様)と言われ世界中で活躍したママディ・ケイタ(ギニアからベルギーに亡命)という太鼓叩きが亡くなったこ…ameblo.jp
ご覧いただき誠に有り難うございます。『afromotive-drum & tribe 陶酔のパーカッション』生音の伝統音楽とエレクトロニカを組み合わせた怒涛陶酔のドラム。ジェンベ(djembe)を中心とした西アフリカのドラムのアンサンブルとトライバルを編集したコンピレーション。アフリカへの誘い、魅力満載の入魂の作品。内容:クリン(木をくりぬいたスリット・ドラム.木のバチで叩く)のイントロに始まり、いきなり圧巻のジェンベの迫力を堪能できる2作品でぶっとぶ。FabaraはBadenya Les Freres Coulibalyの怒濤のジェンベ。Sokoはギニアの太鼓の神様的存在、3人のジャンベフォラMamady keita,famoudou konate,Fadouba Oulareが揃った凄い作品。続いてJames AsherとインドのShivamaniのドラムの傑作、ブルキナ・ファソのFarafinaは「らしく」、バラフォン中心のグルーヴィーなアンサンブルを披露。インド、アラブのトライバル・ビートではBelly Dancerも踊り出し陶酔の世界へ。伝統のギニアのジェンベのリズムにも身を委ね、電子音のトライバル・ビートにはまる。そして伝統音楽にトランス技法を持ち込んだ、今は亡きMamady Keita dit Ntomanの個人技。彼はジェンベにおいては同姓同名のジャンベフォラ、Mamady Keitaの後塵を配したが、バラフォンやプロデュース力にも秀でていたことがわかる。イタリアのトランス「Djembe on the dancefloor」になだれこみ、最後はご存知、Guemのトランシーなドラムで陶酔の極みへ。試聴ページ:試聴ページ:http://www.worldmusic.co.jp/afromotive/『泥臭くないアフリカの太鼓。』ご覧いただき誠に有り難うございます。-国内盤未開封の新品です-『アフリカン・ドラム・トランス』驚異のキラー・アイテム満載!激ヤバ、激カッコいいヒット・チューン…ameblo.jp『amazon.co.jp』でも販売中です。「マーケットプレイス」で激安で新品ゲット出来ます。http://goo.gl/YW3VoPDance Club India from Bollywood http://amzn.to/2z0syCF Love Lounge from Psychedelic India https://amzn.to/2rYQTUV チャクラ・マンダラ https://amzn.to/2EDpYVV シャンティ:ヒンドゥ・ディヴァイン・ラウンジ(マントラ,バジャン) https://amzn.to/2LzKtVa サイケデリック・インディア https://amzn.to/2T5Hoie インディア・クラブ☆ゴア https://amzn.to/2QHIYd6 ニルヴァナ・ラウンジ https://amzn.to/2LtfJFj インディアン・レシピ https://amzn.to/2BJTnuP ファンキー・マサラ https://amzn.to/2rQx0zi パーカッション・マサラ Percussion Masala(インドの様々なパーカッション集) https://amzn.to/2rQgMpB ファンカデリカ~ダンシング・トゥ・ア・ディファレント・ドラム https://amzn.to/2R9rXIu アフリカン・ドラム・トランス(African Drum Trance) https://amzn.to/2GN0oAP トゥンガ tunga(西アフリカ、マリの弦楽器コラ) https://amzn.to/2PVc97s リドゥン Rhydhun-an odyssey of rhythm https://amzn.to/2R6WPcz
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大阪のレコード店で出会ったインドネシアのダンスミュージックダンドゥット(DANGDUT)の女王、エルフィ・スカエシ(Elvy Sukaesih)と言ってもまずは誰もわからないだろう。インドネシアの美空ひばりと言ってもピンとこないな、きっと。それに正しくもない。インドネシアは多様な民族の集まる国だから国民を代表する歌手はいない。ひとつの大衆音楽の女王である。大袈裟だが、このレコードと出会わなかったら、自分の人生は変わっていただろうと思う。ただ、それはわからない。でも、出会うべくして出会ったのだろう。今、この古いレコードを聴いている。正確には覚えていないが、レコード会社の関西担当の宣伝マンとして着任していたのは1年1か月。まだ世の中のことは何もわかっていない27~28歳の頃(今から37,8年前)。関西担当の宣伝マンは自社のカタログ全ジャンルを把握していなければならない。外資系だったので、クラシック、ジャズ、ポピュラーとカタログは多かったが、当時は新たに「世界の音楽」をリリースするムードは無かったように思う。比重としても、売れる作品、アーティストに重きを置くのは当然だ。コンサートでトップミュージシャンが来阪するときには挨拶くらいはする。ホイットニー・ヒューストンが大阪でコンサートをやったのはいつだ?どこでだ?大好きだったから挨拶できたときは舞い上がった。そんなミーハー気分の抜けていないレコード会社の宣伝マンだったが、梅田のレコード店でこのレコードを試聴もせずに買った。多分、ジャケットから何かを感じたんだろう。聴いてみたら、どはまりだった。バックグラウンドはようわからんけど、初めての感覚。摩訶不思議な世界へと誘われた。興味のある方は、YouTubeで「Elvy Sukaesih」と検索すると大量にヒットするはず。個人的リコメンド:Elvy Sukaesih - Syirin Farhat [OFFICIAL]その後、東京本社でパコ・デ・ルシアのような音楽、ラテン、ヨーロッパの音楽を制作するセクションをつくることになったから、東京に戻ってこないかと打診を受けた。3年行ってこいと言われた関西だったけど、一晩だけ考えて、東京に戻ることにした。まだ「ワールドミュージック」という言葉は無かった。最初の仕事はアルゼンチン・タンゴだった。コンチネンタル・タンゴとの違いもわからないところからの新制作部での初仕事。次がシャルロット・ゲンズブールとジェーン・バーキンだった。そしてセルジュ・ゲンズブール。どんどんはまっていった。時代のムードに乗っかっていった。めちゃくちゃ楽しかった。パブリシティも沢山獲れた。いろんなひととの出会いもエキサイティングだった。話をエルフィに戻そう。その後、やりたい放題やったからか、独裁社長に干されて制作からマーケティングへ左遷人事。まったく今思ってもスカした社長だったぜ。(笑)こんな会社にいてもしょうがないとすぐに転職活動を開始したが、半年もかかった。でも、この半年、秋葉原の石丸電気のクラシック担当とのやりとりとか勉強になった。レコードを売っている現場のことを知らなさ過ぎたことも確かだったから。半年後に文化芸術に力を入れていた百貨店に無事転職。その後音楽制作を行うグループ会社を兼任することになり、そこでエルフィのCD制作を行うことになった。ジャカルタのエルフィの豪邸を訪問したり、東京でライブをやったりとつながっていった。すべては大阪の梅田のレコード店での出会いから始まっていたということか。ワールドミュージックって素晴らしいから多くの皆さんにも是非聴いてみてほしいということは言わない。音楽って自由なものだから。感じるものだから。音楽にワールドも何もない。ただ、少し政治的な話になるのだけど、ブッシュがアラブやイスラム文化に対して少しでも理解があれば、あんなことをしようとは思わなかっただろうにと思った。出会わない、出会えない、出会っていたとしても感じないこともある。「そのとき」は準備が出来たときにやってくるのだろう。※参考:AIによる「インドネシア音楽とは?」インドネシアは多くの異なる民族と文化が共存する国で、そのために多様な音楽が存在します。以下に、インドネシアの音楽についていくつかの代表的なジャンルや楽器、音楽の特徴について説明します。 ガムラン音楽: インドネシアで最も有名な音楽ジャンルの一つで、特にジャワ島とバリ島で広く演奏されています。ガムランは、鉄や青銅製の打楽器アンサンブルで構成され、木管楽器や歌声と組み合わせられることもあります。ガムラン音楽は独自の音楽スケールやリズムを持ち、宗教的な儀式や娯楽のために演奏されます。 ケチャック音楽: バリ島で非常に人気がある音楽ジャンルで、声楽と合唱、打楽器、そしてダンスが組み合わさったものです。ケチャック音楽はしばしば宗教的な行事や儀式、観光のエンターテインメントとして演奏されます。 ダンドゥット: ジャワ島発祥のポピュラー音楽ジャンルで、インドネシア全体で愛されています。ダンデュットは通常、ボーカルと多様な楽器を組み合わせたバンドの演奏に特徴があり、リズミカルで踊りやすい音楽です。 サンディ:スンダ族の音楽で、西ジャワ州で演奏されています。ギター、アンガク(縦笛)、カロム(太鼓)などの楽器がよく使われます。サンディ音楽はしばしば伝統的な楽器と現代的な音楽スタイルを組み合わせたものです。 デッサ:マレー系の音楽で、特にスマトラ島で演奏されます。デッサは歌とパーカッション楽器に焦点を当てたもので、社交的な集まりや祭りで演奏されることが多いです。これらはインドネシアの音楽の一部にすぎません。インドネシアの音楽は多くの異なる地域と文化からの影響を受けており、地域ごとに独自の音楽スタイルが存在します。また、インドネシアの音楽は伝統的な要素と現代的なアプローチを組み合わせたものも多く、非常に多様で魅力的な音楽文化が根付いています。(ここまでAIから)『何故か、音楽業界へ』何も考えていないおとこのこだった。高校三年時には大学進学を考える。大学進学を考えるとその先の就職というものも考えるものだったようだ。同級生の中には、就職に強…ameblo.jp