いきなり何言ってんだ?
このタイトルを読んだ人はそう思うでしょう。
以下の文は人生を惰性に過ごしてきて、絶望したりしている方、レベルの高いクラス、及びコミュニティに所属しているが、周りの人間に満足していない方への文です。そのような方以外は読まなくても結構です。
僕は今高校三年生で明日卒業します。
ですが、ひとつだけ心残り(というか後悔)が
あります。
何かと言うとただ惰性に過ごした三年目です。
当たり前ですが受験が控えた大事な年です。
なのに僕は全く勉強をせず、ただ卒業だけを待ち望んでいて、後のことは考えていませんでした。
こんな高校生はなかなかいないと思いますし、冗談のように聞こえるかもしれないですね。
   自己紹介が遅れましたが、僕は学力的に中堅クラスの高校に通っていて、特進クラスの生徒👨‍🎓です。まあ、明日卒業するのでそんな肩書きどうでもいいんですが。
絶望
話を戻しますけど、僕は四月当初皆が羨む大学で華の大学生活を夢見て勉強を頑張ることを誓い、特進クラスの授業を受けました。
僕は2年次、普通クラスにいて、特進クラスに上がってきた生徒です。特進クラスはさぞかしハイレベルな授業を展開していて、先生の質問を華麗に答えている優秀な生徒が集まっていると楽しみにしていたのですが、全然そんなことなかったです。むしろ言ってはなんですが、「あまり賢くない生徒の寄せ集めかな?彼らは今日とてつもなく調子が悪いのかな?」そう思いました。
三年になって初めての授業で先生が超easy質問をある生徒に投げかけました。正直秒で答えられるだろう。そう思いました。しかし、生徒は今まで授業を聞いていたとは思えないトンデモanswerをしました。正直何かのボケかなぁ?と思いましたがマジの顔してました。笑
先生の顔を見ると、授業で自分の伝えたいことが伝えられず、それがその時だけではなかったからでしょう。ウンザリした顔で白目を剥いていました笑。さらに驚いたことにみんながみんな低レベルで実力に伴わない難関国立大学を謳い、休み時間は知識の「マウント大会」、自分よりテストの点が1点でも低いと相手をバカにする酷い人たちの集まりでした。またバカにしていた先輩が難関大に受かると掌を返したように褒め称えていました。特進クラスとは名ばかりなことを痛感しましたね。多くの「特進クラス」は難関国立大学進学を目指す精鋭であると思いますが、私のクラスメートはただの「見栄っ張りで回答丸暗記えせ優等生野郎と女郎」だったのです。もちろん自分の知っている特進はそんなんじゃないぞ!というのはわかりますが、僕のクラスはこんなものでした。
結局なにを言いたいか
こんなことを書くと自分のクラスメートや、学校を大事にしない悪口ばかりの人のように思われそうですし、なにを言いたいか忘れてしまいそうですが、要は閲覧者がこのような人になって欲しくないからちゃんと自分のした勉強に意味を見出して実生活で活かして欲しいのです。また他人を数字だけ、大学だけで評価する寂しい人になって欲しくないのです。僕たちは3年次にも旅行があり、旅先でクラスメートが知らず知らずに一般客に迷惑をかけたりしていて不愉快になりました。自分の行動に責任を持つとか他人になるべく迷惑をかけないとか人としてしっかりしているか確認してほしいです。(これは結構社会人でもわかっていない)笑。先生の主張と些細な意味(例えば卒業式で先生が卒業生の名前を呼ぶ時、だんだん声が大きくなったらもっと大きな声で返事して欲しいんだな。とか、本を読んでいる時もどうしてこんな言い回しをするのかなど)
僕も人間としてまだまだ未熟ですが勉強したことを役に立ててると思いますし、受験勉強はしなかったですが、文化人としては胸を張れるものと思っています。もし、閲覧者さんがそうでないなら勉強や仕事をする前にやることがあるんじゃないでしょうか。
最後に
これを最後に書くとブログとして非常に微妙な出来になると思ってますが、ここまで読んでくれる方は本当の意味でこのブログを読むべき人なんじゃないかと思うのです。その一番言いたいことにしてこのブログを書いた理由。何かといいますと
俺はノー勉でまあまあの大学に受かった。でも死に物狂いでそれこそビリギャルみたいに努力して東大京大阪大受かったやつ馬鹿にできるか?
ってことです。受験勉強をしない、学校行かない、仕事しない。な人でも才能のあるやつは一杯いてむしろそういうやつほど本当はできるやつが多いことを僕は知っています。なのに世の中は残念なことにやる気とか向上心のあるやつばかり優遇されるシステムになっていて、勿体ないと思うのですがそれが真理だと思います。もし閲覧者さんがあまり自分に自信が持てなくても、コミュ障でもやっている教科の本質を理解して、もしくはしようとして勉強すれば必ず脳は発達して周りの人達をあっといわせるひとに変わると思います。僕はこのブログを惰性に過ごしてきた自分との決別の意味を込めて書いていて、これからは主体的に生きていこうと思います。なので読んでくれた方も頑張ってみてください。そして辛くなった時にまたこのブログを読んでくれると嬉しいです。
最後まで読んでくれてありがとうございました。