~前回の続き~


『10000円しか入っていない!!!』



そんな、トラブル???

全く無かったかのように

ガメコさんは終始《大人の対応》で


『いいのよ、そんなの気にしなくてちゅー


・・・・・・真顔・・・・・・

  (ものすごい上からきたな💧)

 

最早、何のお礼かすらも

意味が解らない



香典なしの葬儀で

香典返しでもないし



お車代も(車で30分の距離とはいえ)

3枚札束お渡し済み



お葬式は、義母へ

私たちができる最後の贈り物であり

家族葬ではあったが

納得できる形で送り出せたと思うし

そこに掛かるお金に関しては

必要なものであるけれど。



叔母やガメコさんが

やたらと

(言い方は悪いが)

ここぞとばかりに

貰えて当然の姿勢で臨んでくる



叔母たちが

そう考える理由は、何となく

叔母の言葉の端々に表れており


電話の度に

何度となく織り込まれるフレーズが



『お義母さんは幸せやったと思うよ。』



(田舎での日々の暮らしを

全て知っている訳ではないので

その言葉は、ある意味

救いにも感じるのですが、、、)



それに続く文言は

2通りあり↓↓↓↓↓↓



『片付けした時に、ものすごい量の洋服や

着物があったものねぇー、、、、

ほんと着道楽で、オシャレで、、、、

片付けも本っっ当に大変だったものね💧』



のパターンと



『長いこと●●(県名)に住んでたから

お義父さんが稼いでたんだろうね、

年金もたくさん貰ってたでしょ?』



のどちらか。


これが幾度となく繰り返され

自ずと通話時間は長くなる



・・・・・真顔・・・・・



義母は、どちらかと言えば

物静かなタイプであり

余計なことは言わない人でした。



田舎の生活に

馴染んでいるように見えた義母も

周りの

オブラートに包んだ風な

含みを持たせた会話や

喉になにか引っ掛かったような

気持ち悪さ、居心地の悪さを感じて

しんどいこともあったのではないか。



タンスの中には

使いきらない程の大量の

新品の靴下やタオルがあったのも


(値札には、セール価格や値下げ品と

書かれてあるものも多く

1個ずつの金額的には

微々たるものだったけれど)


時折出かける買い物で

小さな無駄遣いをすることで

ストレスの解消をしていたのかもしれない。



(その靴下やタオルは、

初日に皆を喜ばせ

大いに役立ったのだが、、、、)



義母のところに

顔を見に行ったとき

なにか出来ることはあったんじゃないか



これを書いて振り返り、

あったことに目を向けると

義母に対しての

後悔ばかりがわいてくる



しかしながら

そんな感傷に浸る時間は長くない



日々の生活に追われて日常に戻り



そして今日もまた

叔母からの電話、、、、



『来月の法事の引き出物の事だけど、、、、

  メモ用意できてる? 言うよ!?』



いや、だからさ、、、、

私は《次男の嫁》ですって!!!!!

泣き笑い