ここで

我が家の状況を少し📝


義父母は大都市の

いわゆるベッドタウンといわれる場所に

半世紀近く住んでいましたが

二人は同郷の出身であり

空き家となった家屋を相続していた為

田舎での法事や同窓会の折には

その家を度々宿がわりに利用していました。


十年前に義父が闘病の末亡くなり

しばらく義母一人での生活でしたが

数年前に

田舎のその家に移住を決断。


昔からの知り合いや同級生、

親戚などに囲まれた生活は

多少の不便さと引き換えであっても

義母には合っていたようです。


親戚の冠婚葬祭があれば

義母を通じて連絡があり

祝儀・不祝儀も義母の指示のもと準備し

義父母の兄妹甥姪などの近い親戚以外は

名前も顔もあまり知らない状態でした。


義母の生前は

それをなんの疑問にも思わず居ましたが


田舎の人付き合いや面倒事は

長らく地元を離れて暮らしていたからこそ

義母が一番解っており

それを手の掛からない状態で

ワンクッションおけるよう

『砦』のように、

私たちを守っていてくれたのだと

義母の死後に知ることとなり

申し訳なさで一杯になりました。


そしてあの日、目にした

義母の遺した衣類や食品に群がる人たち、、、、


近年、地方の田舎と言えども

ごみの処分は分別含め

かなり複雑となっており

普段のごみの処分も少し離れた集積場所まで

年老いた義母が

手押し車で運んでいるのは知っていました。


なので

訪問したおりには、微々たるものですが

直近で出たごみは預り

自宅まで持ち帰って処分していました。


だからこそ、親戚の女性が集まり

私たちの手の回らないところを

カバーして

一番大変な残置物を

片付けてくれていると思えば

本当に有難いことなのですが


それを義母が亡くなった当日

布団を敷いて横たわる義母を横目に

家族の留守中に同意も得ず

ここぞとばかりに

遺品を山分けする、、、、


衝撃以外の何ものでもありませんでした。

そして、叔母の口から発せられた言葉は



『あんたもお姉さん(義理の兄の嫁)も

サイズも好みも合わんやろ?』



田舎の横の繋がり、、、、


困ったときは助け合う、、、、


お互い様、、、、


郷に入れば郷に従え、、、、


いつやるの?『今でしょ!』、、、、


あと、何だっけ

『お前のものは俺のもの』

ってジャイアン語録?


そんな言葉で自分を納得させて


『どうぞ、持っていってくださいニコニコ

『ありがとうございます~』


と、精一杯の笑顔で受け入れる。


嫁の仕事としては

これが正解なんだよね?