先日、去年から企画していたイベントを実現すべく東武越生(おごせ)線を初めて利用しました。
『おごせ』なんて読めないですよね?
石神井公園(しゃくじいこうえん)とか(笑)
東京に来た頃は難解な駅名が多くて、誤読してよく友達に笑われましたが(;^_^A
やっぱ、一番は『王子』と『八王子』を間違えた事件は今でも笑えます(笑)
『王子』で待ち合わせと言われて、田舎者の私は王子と言ったら『八王子』位しか思い付かず、王子に到着したと連絡して道案内してもらってもその建物が全く見つからない…
当たり前です。
王子と八王子は全く別の駅ですから(笑)
結局、逢えなくて約束は別の日に持ち越されたわけですが。
と、本題に戻りまして(笑)
3年前、友人とキャンプついでに新居候補地を幾つか見て回り、新居が建ったら一献やりましょう!と長い月日がながれまして、ようやっと先日、越生線のとある駅で下車しまして、お友達の新居で一献叶った訳ですがヘ(゚∀゚*)ノ
※3年前のわたくし
そこには『武者小路実篤』氏の『新しき村』なる小さな村がありまして、武者小路とその同志により、理想郷を目指して1918年(大正7年)宮崎県児湯郡木城町に開村された。
1938年(昭和13年)にダムの建設により農地が水没することになったため、1939年(昭和14年)に一部が現在の位置(「東の村」)に移転し、残りは日向新しき村(ひゅうがあたらしきむら)として存続したものなのですが、この方ホントすごい方で、日本の小説家・詩人・劇作家・画家。とありますが、その村の小さな美術館を見たところ陶芸はやるは、鋳型はやるはと、興味のある事はいろいろやって来た方のようです。
『美はどこにも』
殴り書きにも見える沢山の繊細な文字たちに力を頂きました。
興味のある方は是非一度伺ってみてください。
※武者小路 実篤(むしゃのこうじ さねあつ、1885年(明治18年)5月12日 - 1976年(昭和51年)4月9日)は、日本の小説家・詩人・劇作家・画家。
姓の武者小路は「むしゃのこうじ」と読むが、実篤自身は「むしゃこうじ」と名乗っていた。一般には「むしゃのこうじ」で普及しており、本人も誤りだと糺すことはなかったという。
仲間からは「武者」(ムシャ)の愛称で呼ばれた。位階は従三位。文化勲章受章。授与された称号には名誉都民などがある。日本芸術院会員。
※ウィキペディア参照


