こんにちは。
もなれこです。
久々の更新です。
色々書きたいことあるけど
いまはやっぱり地震のこと。
熊本。
私の出身地です。
先週の木曜日
地震が起きたとき私は
ヘビコの寝かしつけ中でした。
帰宅して夕食中だった夫が
「熊本で震度7だって!」
というので寝かしつけ中断。
寝室を飛び出し、テレビをつけました。
テレビに流れた定点カメラの映像を見ると
何かがぶつかってるのか音がガンガンと響き
もちろん映像も揺れの凄まじさをとらえて
恐ろしいまでに揺れている。
そして続けざまに流れるあの緊急地震速報。
血の気が引く感じがしました。
やっと我に返り、
熊本の実家に電話するも繋がらず。
LINEで繋がっている姉、義兄、甥、
そしていとこ達に連絡。
1番に連絡がついたのが甥で
その後ばらばらと皆の無事が確認出来ました。
姉とのLINEでは、
揺れの後すぐ実家に電話してくれてたので
両親も無事だと確認ができました。
地震が起きたと知ってから、
そこから30分位の間の出来事です。
その後のことはあまり覚えていません。
23時頃に母のケータイにやっと繋がって
直接話して無事を確認したので、
お風呂の水は捨てないでねとか
ラジオ用意したり、携帯の充電はしておくようにとか、そういうことを話して切ったと思います。
そして、次の土曜日未明。
熊本ではまたも震度7の揺れ。
朝起きると姉からのLINE。
実家の両親の安否をたずねる文章でした。
夜半端なかった、家の中ぐちゃぐちゃ、
固定電話使えない、と。
最初の、木曜の地震では落ち着いてた姉も
不安と恐怖で動揺しているように思えました。
実家にかけるも電話はやはり繋がらず、
流れるNTTのアナウンスを聞きながら
なんで災害ダイヤルの練習をさせなかったんだろう、、そう思いました。
結局は無事が確認できたのですが
皆、未明の揺れはひどかった、
恐ろしかったと言います。
+++++
そして。
大きな地震が起きてから
1週間と2日が経ちました。
幸い両親は自宅で過ごせていますが
親戚や友人には避難所にいる人もいます。
まだライフラインも完全に復旧していません。
実家は昨日あたりから
やっと水が出始めたようです。
でもまだ濁り水で飲めないと。
でも、それでもね。
熊本の人たちは明るいから、
こちらが心配して声をかけると
大丈夫よ~!みんな元気よ~!と言ってくれます。
実家の両親も、水が出るようになったけん
トイレが流せるようになって助かった~
と明るく笑います。
いま被災してない立場の私たちに出来ること、
それはできるだけ普段どおりの生活をして
普段どおり笑って経済活動をする事だと思ってます。
私は地元が被災してしまってるので
どうしたって考えてしまう。
でも考えて、心を傷めてたって何もできない。
被災した人達が余震におびえながら
立ち上がろうと必死にがんばってるなら、
離れた場所にいる私たちは、被災した人達の最後の砦になるべきと。
私たちのような被災してない人が
笑って、経済を回してるからこそ
被災した人達だって、安心して復興への一歩を踏み出せるのかなと思います。
まだ仕事を再開できない人のために、
ちゃんと仕事して経済まわす。
被災しながらも収穫をしてくれてる農家の方のために、
熊本産の野菜を買う。
熊本産のお菓子やお酒も。
ボランティアに行けなくっても
被災地から遠く離れた場所で
被災地を思って応援できる、
ちょっとした活動だと思ってます。
被災地の方々、
私はこっちで応援しよるけん!
一緒にがんばろう!
もなれこ