モナちゃんが亡くなりしばらく落ち込んでいましたが、他の子達のお世話がある事で本当に助かりました。
泣いてばかりはいられない。
まだまだ手のかかる子達が我が家にはいるから。
特にまぁちゃんは数値が悪くなり、毎日お家で点滴。
それに新薬が出たとのことで、2種類のお薬を投薬しなくちゃいけません。
まだまだおチビさんのあめちゃんもすごく手がかかる。
これらがあるから、寝込んでいる暇はありませんでした。
モナは無事火葬も終わりお家に帰ってきています。
今回は訪問火葬と言って、車で火葬して下さるところにお願いしました。
モナは家が大好きな子だったので、なるべく家の側でお空に行かせてあげたかったので。
屋根に登っているうちの猫たちに見守られながら、家の前でお空に昇っていったモナ。
訪問火葬にして本当に良かったと思います。
その担当して下さった方がものすごく良い人で。
ずっと火葬が終わるまでお話しさせて頂きました。
事務的じゃなく、とても心のこもった火葬となり。
できるだけ綺麗にお骨を残してあげたいとの想いが強い方でありがたかったです。
モナ自体とても小さいので、のんちゃんの時のことを思うとそんなに残らないかもと思ってましたが…
爪や歯も残るくらいに綺麗に残してくれました。
亡くなった当初、頭で分かっていても火葬するまではいつもの場所に寝ているモナがいたので実感があまりなくて。
火葬が終わると、当たり前ですがいつも場所にモナがいない。
急に現実味を帯びてきて、とても寂しくてたまりませんでした。
あの可愛らしい顔で見上げてくる事がもうないんだと思うと、急に涙が出てきて本当に辛かった。
モナの場合、この状態で生きてる方が不思議だと冬の時点で言われていたので、いつ急変してもおかしくないと覚悟はできているつもりでした。
あたしが沖縄から帰ってくるのを待っていたかのように、帰ってくる日の朝に本格的に具合が悪くなったモナ。
とうとうその時が来たのだと、覚悟したつもりだったんですけどね…
なぜかモナはいつまでも側にいるような気がして、いつかはいなくなるって分かっていたのにちゃんと理解できていなかった。
眠ったまま逝ってしまったので、余計に実感が沸かずにいました。
火葬が終わり、いなくなったゲージを見た時に現実味を帯びました。
冬にいつ急変してもおかしくないと宣告されてから、あたしは現実から目を背けていました。
モナは1番あたしに懐いていました。
あたしが歩けばモナも歩く。
ちょっと洗濯物を干すのに庭に出る時や、外にゴミ捨てに行く時には必ずモナが付いてきていました。
それが日常で当たり前だと思っていたけれど…
今思えば、いつでもモナはあたしを見ていてくれていたんですよね。
だからこそ、あたしの動きをよく把握していたんだと思います。
たくさんの愛情を注いでくれていたモナ。
なのにあたしは弱っていくモナを見るのが怖くて、その頃から写真に収めるのをやめました。
どんどん消え掛かっていくモナを残しておきたくなかった。
いつでも元気で側にいるモナでいて欲しかった。
モナは亡くなる日が近付くにつれ、あたしから離れない日がどんどん増えていきました。
寝室には入らないように躾けていたから今まで入ることは絶対になかったのに、あたしが移動すれば付いて入ってくる。
ハウスに入って寝てる時間だったのがなくなり、常にあたしの隣にいる状態が増えていました。
行動の変化で、モナはあたしにいなくなる日が近いって教えていたんだと思います。
あたしはモナの行動の変化を分かっていたのに、それが何を意味するのか気付かないふりをしていました。
気付きたくなかった…が正解なんだと思います。
冬に受けた検査は、病名が出ないほどの異常な数値。
施す治療がないと言われていたので、出来ることは食事療法だけでした。
治療法がないから自然に任せるしかなく、だけど今までそれでも元気だったからまだ大丈夫だと思うようにしていました。
腎臓が悪いと食欲が落ちるはず。
なのにモナは亡くなる数日前まで食欲が落ちる事はなく、よく食べる子でした。
だからこそ、まだ大丈夫 まだ大丈夫と言い聞かせていました。
でもある時ふと、好きなものをたくさん食べさせてあげようと思うようになりました。
ちょうど亡くなる一ヶ月前くらいかな。
それまでは頑なに腎臓用の療法食のみ。
我慢させてきた分、今のうちに好きな物を好きなだけあげよう。
なぜか急にそう思い始め、療法食以外にモナが好きだったおやつも与えるようになりました。
もしかしたらそれが引き金となった可能性もあります。
でも最期の数日間ご飯を全く食べれなくなったモナを思うと、それまでに好きな物をたくさんあげた事は後悔していません。
ただ、もっと一緒にいたかった。
後ろをついて歩く足音がない事が、こんなに寂しいだなんて思ってもみなかった。
永遠の命なんてありません。
ペットを飼っている以上、最期を看取るのはついて回る事。
分かっていてもやはり辛い。
何度経験しても慣れるものではありません。
のんちゃんの時は、本当にあっという間でした。
まさか亡くなるなんて思わず、本当に急過ぎて心の準備も何もできていなかった。
その分ショックも大きく、もっとやれる事はなかったのか、やった治療が寿命を縮めたのかとかたくさん葛藤がありました。
モナの場合は冬に宣告されていたので、家族で話し合う機会もたくさんありました。
のんちゃんが亡くなった時、最期まで苦しんで逝かせてしまった。
だからモナの最期は苦しむ前に安らかに逝かせてあげよう。
そう家族で決めていたのにモナが苦しい状況になってからも、やはり諦められないんですよね。
ご飯を食べれなくなった数日間は相当苦しかっただろう。
食べたくて餌入れのとこに行って匂いを嗅ぐのに食べられない。
とうとう腎臓病の子に出る症状の舌も壊死しはじめ、水も飲めなくなり、自分ならどうしてほしい?って一生懸命考えた。
それでも…
安楽死はこの子の命の期限を飼い主が決めてしまう行為で。
まだ生きたいと思っているかもしれない。
苦しい状況でも顔を持ち上げ、あたしを見つめてくる瞳。
それを見てたら、どうしても安楽死は選べなかった。
モナのためとか言いながら、苦しい状況から逃げ出したいのは飼い主なんじゃないかとか。
それでもモナの立場なら、飲まず食わずで見守られてるだけで幸せなんだろうかとか。
相当悩んで悩んで…
何度も先生と話をさせてもらって…
それでも決めることができず、最期を迎えてしまった。
でもモナがいなくなり、本当にこれで良かったのかな?苦しかったんじゃないかな?
眠ったまま旅立ったけれど、それまでは相当苦しかったよね?
たくさんたくさん考えても未だに答えなんて出ません。
大好きな抱っこをたくさんしてもらい、しんどいながらも嬉しそうにするモナに、どんな状態でもいいから生きてほしいと願ってしまった。
ただ1つだけ守れたことがあって。
モナの前だけでは絶対に泣かない。
のんちゃんの時、急過ぎてパニクった私は、のんちゃんにお願いだから死なないでとわんわん泣きながら訴えました。
しんどくて息をするだけで精一杯なはずなのに、泣くあたしを心配そうにするのんちゃん。
本当に健気で……
最期の最期まで、のんちゃんは生きようと必死にもがきました。
きっとあたしがのんちゃんに泣きついてしまったせい。
すごく苦しいはずなのに、息が止まりそうになると顔を持ち上げ息をしようと最期まで本当に必死だった。
泣くあたしに応えるために、苦しいのに最期まで頑張らせすぎてしまった。
それがずっとあたしの中で後悔してきた事で…
モナの時は急変がありうると分かっていたので、絶対にモナの前だけでは泣かないと決めていました。
先生と電話で話してる時や苦しそうなモナを見て涙が出そうになると部屋にこもり号泣。
モナの前ではなるべく笑顔で過ごすように。
モナには、苦しかったらもういいよと。
頑張らなくていいんだよと穏やかに伝える事もできました。
モナは本当にスースーと眠ったまま、いつ呼吸が止まったのか分からないほど静かに息を引き取った時、これで良かったんだと思えました。
のんちゃんにはそれをしてあげられなかった。本当にごめんね。
本当に本当に後悔しかありません。
モナが亡くなり気付いたのは、愛情を与えお世話してあげてるのではなく、この子達からたくさんの愛情をもらってるのはあたしの方だったんだなぁと。
どの子を見てもそう。
あたしが愛情をあげてる以上に、この子達の方からたくさんの愛情を与えてもらってるなぁと。
旅立ってしまった子達も今いる子達も、本当にありがとう。
今、我が家にワンコはトワしかいなくなりました。
いつの間にか増えていったニャンコ達。
だけど最初はワンコだけだった我が家。
野良ニャンコを引き取ろうと思えたのもモナがキッカケで。
売れ残り処分される寸前のモナと出逢い、現実を知り、ペットショップでは2度とワンニャンは飼わないとその時に思ったから。
まだ親を必要とする時期に簡単に売り買いされ、売れなかったら処分か繁殖用にされてしまう子達。
モナは人一倍ビビリで、震えてばかり。
人にも動物にも寄り付かず、ペットショップでも床の上の小さなゲージに入れられ端に追いやられていた子。
慣れるまでに相当な時間がかかり、年をとってからも見知らぬ場所や知らない人が苦手な子だった。
どんな扱いを受けてきたのだろうと思うくらい、最後まで食器からご飯を食べることすら怖がった子。
飼い主の手からしか、まともにご飯を食べる事が出来なかった。
ペットショップで売られている子達は、綺麗で小さくてかわいいうちは飼い主もどんどん決まっていく。
だけど少し大きくなって見向きもされなくなった子達は?
路上にいる薄汚れてヨレヨレの子達は?
大きくなった子よりも赤ちゃんの方がかわいいし、路上の子には汚がって近寄ろうともしない。
それだけならまだまし。
命を脅かされる事も多いのが現状で。
同じ命なのに価値があるなしで判断され、処分の対象となってしまうのはおかしい。
モナと出逢って、そう思うようになった。
全部の命を救えるわけではないけど、そんな命と出会えば、それはあたしが育てる縁なのだと思うようになった。
モナと出逢えたから気付いたこと。
とても大切な事を教えてくれたと思います。
モナちゃん、お母さんに少し前からいなくなるよって教えてくれていたのに、気付かないふりしてごめんね。
できる治療もないからそれに気付くのが怖くて、まだ側にいて欲しくて、まだ大丈夫と思いたかった。
最期の数週間はモナがずっと離れず寄り添ってくれてたから、いなくなった今、隣にいない事がとても寂しいよ。
だけどモナは悲しませる為じゃなく、モナがいなくなっても大丈夫?って問いかけてくれていたのかな?って思うくらい、何度も何度もお母さんを見上げて側にいてくれたよね。
のんちゃんの時に心の準備が出来ていなくて、毎日泣いてばかりいたあたしを思って、モナは先に心の準備をするように教えてくれていたのかなって思う。
本当に優しくて家族思いのいい子だったモナ。
新しく迎え入れるペットを1番に懐かせる天才だったよね。
モナがいるから大丈夫と思うくらい、お世話好きで猫たちが大きくなってからも危ないと思う物から守るようにしてくれてたよね。
特にちぃちゃんは、モナが可愛がってくれた子で。
亡くなった時、普段は鳴かないちぃちゃんが、側で大きな鳴き声を上げてモナに擦り寄ってたけど聞こえたかな?
家族みんな、モナが大好きでした。
うちの子になってくれてありがとう。
また絶対に会おうね。
モナに会えて本当に良かった。
虹の橋で楽しく暮らしていますように。
愛をこめて…
お母さんより。