お久しぶりでございます。


実は人生ではじめての愛犬が先日亡くなってしまい、喪失感と罪悪感とさみしさで、なんと言うかおろおろしています。


少しでも心が落ち着くかと思い、久しぶりにブログをしたためてみています。


いつも以上にまとまりのない長文になるとおもうけど、遠慮なく垂れ流したいと思います。






子供のころからのわんこを飼う夢が、ついに叶ったのが13年前のこと。




もうかわいくてかわいくて、でもはじめてのわんこだったから、フードの適正量とか適温調節とかがよくわからなくて、まあ気が利かない飼い主でした。

そこはほんと申し訳なかった。



でもすくすくと成長してくれて、旅行にもよく行ったりしたのよね。







そんな矢先に免疫介在性多発性関節炎が見つかったり、免疫関連と思われる膵炎になったり、胆石が見つかったりして病院通いが増えていったの。


でも、関節や内臓の痛みがありながらも、食べてくれない日はほとんどなくて、その食いしん坊気質にどれだけ救われたかわからないわ悲しい



いろんな健康問題を抱えながらも13年間生きてこられたけど、13才になってからの5ヶ月は過酷でした。



でもついこのあいだまでは元気いっぱいで、亡くなる10日前だってこんなに穏やかな表情で、いつものようにカリカリを要求してくれたものでした。






最後の数日は苦しい思いをさせちゃったのが申し訳なくて、なんで「痛み止めの注射もお願いします!」って先生に伝えなかったんだろうとか。


こんなことになるとわかってれば冷蔵庫に入ってた好物のりんごを、食べられるうちにいっぱい食べさせてあげれてれば良かったのにとか。


たぶん死にそうに痛くて、じっと見つめて助けを求めてくれてたのに、何もしてあげられなかった無力感とか。



そんな後悔の大波が繰り返し押し寄せてくるけど、いなくなっちゃったことがなによりも悲しくて、もう会えない事実がただただ恐ろしい。



ギプスをつけてるからヨチヨチ歩きで、はたからみたらおばあちゃん犬に見えたかもしれないけど、子犬のころからずっと変わらずに奇跡のように可愛くて、年齢や寿命のことはわかってるって言いながら全然わかってなかったのね。


愛犬がいなくなった世界で今まで通りに生きていくのが不思議で不安で苦しい。



でも以前あるブロガーさんが、いぬのきもちに載っていたものとして貼り付けてくださった以下の詩に救われています。



死ぬのが怖いから飼わないなんて

言わないで欲しい。


おうちを汚すから飼わないというなら

犬はお行儀を身につけることでできる。


留守がちだから飼わないというなら

犬はけなげにも孤独と向き合おうと

努力するかもしれない。


貧乏だから飼わないというなら

犬はきっといっしょに

貧乏を楽しんでくれる。


だけど、、、、

死ぬのがこわいからといわれたら

犬はもうお手上げだ。


全ての犬は永遠じゃない。


いつかはいなくなる。


でもそれまでは、すごく生きている。


すごく生きているよ。


たぶん今日も日本中の犬たちは

すごく生きていて


飼い主たちは大変で暑苦しくって

幸せな時間を共有しているはず。


飼いたいけど飼わないという人がいたら

伝えて欲しい。犬たちは

あなたを悲しませるためにやっては来ない。


あなたを微笑ませるためだけに

やってくるのだと。


どこかの神様から

ムクムクしたあったかい命を

預かってみるのは人に与えられた

素朴であって高尚な楽しみでありますよ、と



うちのこも、たしかにすごく生きてたもの!

飼い主に似たのかとにかく食べるの大好きだったもの!

慢性膵炎だから、ごほうびも常食の消化器サポートをピルカッターで細かくしたしょーもないやつなのに、喜んで食べてくれてたし!




ちなみにリバウンド著しい飼い主(現在68.7キロ)は、号泣しながらも腹が鳴るタイプなので、ペットロス太りが予想されます。




最後に愛犬の最期の写真を貼るので、苦手な方はここで回れ右フリックお願いしますね。


























































うちのこになってくれてほんとうにほんとうにありがとう。

ずっとずっと大好き。