兄弟と姉妹
皆さんこんにちは!!!
良い週末を過ごされたでしょうか?!
実は、前回の記事で言っていたお義姉さんの家への訪問は、
日帰りではなくヤッパリ1泊2日となってしまいました。
わたしは別に気にはしてませんが・・・
でも、
本当はもっと気になることが起きていたのです!!
まずは
車が故障!!!!
去年中古で買ったマツダの車。
毎月毎月何かしらの故障があったのですが、
今回はバッテリーとエンジンのアルタネーターという部品がぶっ壊れてしまいました。
あるお店、カナディアン○イアというお店ではトータル$600(5万チョッと)というところ、
オットの知り合いのメカニックに頼んだら、
レッカー車代も含めて$350(3万チョッと)以下でやってもらえました!!!
しかも待ち時間なし!!!
あぁ、さすがオットの友達!
しかもオットがレッカー車と共にメカニックの所に言っている間、
オットのお兄さんが私の事を家まで送ってくれました。
せっかくの週末なのに、
文句のひとつも言わずに
「大変だね~。せっかくウィンザー(お義姉さん)のところに行こうとしてたのに、残念だね~」
と苦笑いしながら・・・。
本当に、オットの兄弟(姉)のつながりはとても羨ましいくらいです。
しかも必ず週1以上の割りあいで連絡をとりあっているし・・。
オットは兄弟(姉)のなかで一番年下です。
だからなのかはわかりませんが、
お義姉さんも、お義兄さんも、
オットと私の事をすごく気にかけていてくれます。
(と書いている今だって、オットはお義兄さんに電話をかけてるし・笑)
どんなに歳を取ったって、
兄弟(姉妹)のつながりは変わらないんですね。
私は・・・
妹達にとっても会いた~い!!!
5人兄弟(姉妹)で育ったので
近くに誰もいないのがとても寂しいです。
皆さんのご兄弟(姉妹)は近くにいらっしゃいますか?
日本からのパッケージ!!!
皆様、長い記事を読んでくださってありがとうございます!!!
次にヒナと会うのは2週間後になりそうです。
ピクニックをするかもしれないので・・・。
でも、どしっと構えていられるような気がします。
彼女達の習慣や考え方は本当に私の想像のつかない処にあったりして、
はじめのほうは戸惑いますが、それでもそれを乗り越えていかなければ・・・ネ。
実は明日、
今度はお義姉さんの娘(姪っ子)の誕生日パーティーがあるんです。
本当は1泊2日で今日から行く予定だったのですが、
まだプレゼントも買っていないので
明日の早朝にでかけて夜中に帰ってこれるように予定変更しました!
今回は<身内>。
お義姉さんはとても良い方なので心配する事は無いと思います。
リラックスしていってきまーす!!
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
さて、話は変わりますが、先日、日本の両親から荷物が送られてきました。
中身は私が前回忘れて言った<メガネ>。
もうこれが無いとテレビとかぼやけるんですよね~。
タマネギの涙防止にもなるし・・・(滅)
そのほかに・・・・・
あります!
ありますよー!!
梅とワカメのオンパレード!!!
海藻サラダに乾燥ワカメ!
わかめ茶漬けに増えるワカメ!!
ワカメ
ワカメ
ワカメェェェー
\(≧▽≦)丿
笑。
それから梅!!!
紀州の梅に梅茶漬け。
これは本当に嬉しいです!
最近やたらに梅が食べたくて・・・
それで早速 梅茶にして2個も頂きました。
最近、夕食も食欲がなく、サラダを食べて終わりだったのですが、
今回は海藻サラダにして、
昨日の夜と今日の朝で食べました!!!
しょうゆ1匙と酢2匙を混ぜただけのドレッシングだったのですが、
もうサイコー!!!
(↑∇↑*)うれし泣き~!!!!
ママン・パパン!!!
ありがとーう!!!
そして・・・・・・
「僕には何かないの?」
と、一人寂しそうなオット(33歳)が一人・・・・。
うふふ。
ワカメとジャガイモのお味噌汁を作ってあげるv
(ちなみに前回、両親からのオットへのプレゼントは<駄菓子の詰め合わせ>でした・・・
お子ちゃま扱いのオットです)
オットと彼と私と彼女の関係3
昨日は晴天の真夏日でした。
そしてヒナの長男君の誕生日パーティーの日。
私の家と、ヒナの住んでいる家は車で30分くらいの所にあります。
オットの仕事に行く途中、南東にいく所を北東に行かなければなりません。
朝はトロント周辺は大変な渋滞ラッシュに見舞われます。
そして、
やはり私達の車も渋滞に巻き込まれ、
さらにあの信号を左に曲がれば、
後は300Mで彼女の家に着くという所で20分近く時間を費やしてしまったのです。
私達が家を出たのは 7:30AM
彼女の家に着いたのは 8時55分になった時でした。
9時には会社に着きたかったオットは、
私を降ろした後、9時15分頃会社に着いたそうです。
どうしてそこまでして彼女の家に行きたかったのか・・・
きっと私だけ会話に取り残されるし、
ヒナの独特の強い口調は
私には苦手なものなのに・・・・
でも、
選択肢がなかったのと、
せっかくの誕生日パーティーなのだから、
人と話す事のない専業主婦の私が
少しでも楽しみたい、
ヒナと家事の話や子供の話がしたい、
そう思ったからなのかもしれません。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
彼女の家には午後から幼稚園に行くという、
今日が誕生日の長男君と、
ヤコブの両親、
弟のお嫁さんとヒナがいました。
あなたにはいっぱい手伝ってもらうからね!
そういってすぐにヒナと私は
30個以上のサンドイッチ作りにとりかかったのでした。
出来は上々。
お次はチャナ(ヒヨコマメのカレー)とチキンビリヤーニ
弟嫁とヒナはチャナ作り。
私はジャガイモの皮むき。
早速ジャガイモを洗おうかと思ったら・・・
何をやってるの?
洗わなくていいよ >ヒナ
でもジャガイモの皮は泥だらけ。
そこらじゅうに泥が散ってしまうから
洗わなければ汚いからと、
皮を洗わせてもらいました。
そして皮むきも
テーブルが高くて
でも座席の位置が低く
座ってのジャガイモの皮むきは
腕と肩を無理やり上げてやらなければいけなく
それなら、
たってやったら楽だろうと、
立って皮をむくことにしました。
そしてそれに対してまたヒナが・・・・
だから、
こういうやり方も楽なのよ。
そう言ったんです。
それ以来
会話は私に向けられる事はなく、
常に彼女達の言葉、シンディー(ウルドゥー語ではなく、シンディー語です)で楽しそうに
でもチョッと人を小ばかにしたような言い方で
弟嫁とひたすら話続けていました。
台所に背を向けながら、
あぁ、きっとあれは
私のことを言っているのだ
私のことを馬鹿にして笑っているのだ
私が言葉がわからないことをいいことに・・・・
それまでのいきさつから、
100%の確信を持って
きっとあれは私の事を話している、と信じ、
私は何をここでしているのだろう・・・、と
まさに心細くなりながら一身に皮をむき続けました。
そしてジャガイモの皮むきを終えると、
私の役割は、完全に無くなってしまいました。
私の勘違いだったのかもしれません。
でも、じゃあなぜ彼女達は私のほうを見向きもしない?
話しかけようともしない?
私は彼女達が台所で話しているのを見ているだけしかできませんでした。
それからの2時間。
台所の横にあるテーブルで一人取り残された私は
こういうこともあるかと
家から持ってきたアラビア語の教科書を開いたのでした。
でも
料理が終わっても
私に声が掛かる事は無く
ヒナはさっさと自室に戻ってしまいました。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
そして子供たちが学校から帰ってきた・・・・。
ようやく一人になることを免れた私は
そろそろパーティー会場に行くからと促され
車に乗り込みました。
パーティーには子供の学校の友達、30人ほどの大人や子供たちが集まり、
初めて会う母親達とは会話も弾みました。
ケーキを食べるにあたり、
奥様方には飲み物が配られませんでした。
のどが渇き、
紅茶が飲みたかった私は
隣に座っていた弟嫁と、ヒナのお義母さん
周りにいた奥様がたに
紅茶はいる?
と聞きました。
電子ポットで水を沸かそうとしていた時、
遠くにヒナを見つけたので
ヒナ、チャイはいる?
と聞くと
ヒナは私の元までやってきて、両手を腰にあて、押し殺した声でこう言いました。
なぜあなたがチャイを配っているの?
これは私の仕事なのよ!!!
もしかすると、
私が<ホスト>でもないのに
ヒナを差し置いて紅茶を配ろうとしたのが彼女の気に障ったのかもしれません。
もしかすると、
彼女は
客の前ですべてを一人だけでやって見せるという快挙を成し遂げ、
「さすが、ヒナね」と
学校の友達の母親達に見せ付け、
ヒナが、「立派な母親」
とういことを周りに認めてもらう
そう思っていたのかもしれません。
私はそのとき初めて
なぜヒナが
前回の長女の時とは違い、
パーティーを自分の家ではなく、他の施設でやったのかが理解できました。
家だと義理の両親と家族がいる。
ヒナの好き勝手には出来ない。
でも
施設だと、誰にも迷惑はかけない
義理の両親に対しても大きな顔をしていられる。
彼女も言っていたっけ、
義母に今回は文句は言わせないわ。
私が子供のために努力も惜しまない事を見せてあげる。
これは
彼女の面子をかけた
「いい母親」を見せ付ける絶好の機会だったのです。
パーティーは最後まで上手く運び
母親達は口々に賞賛の言葉をヒナにかけました。
紅茶のこと以来、
ヒナが私に声をかけてくるのは
私とオットが彼女の家を後にするために
さようならを言うまでは1度もありませんでした。
弟嫁としきりに楽しそうに笑う声が
私にはとても辛かった・・・。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
私のオットは
仕事を早めに終わらせ、
パーティーの最後のあたりに来ました。
ヒナの家に皆で帰り、
プレゼントを開け
夕食のビリヤーニを頂いた後、
帰るために荷物を車に運ぶと
ヒナに
いいパーティーだったわ。
皆そう言っていたわ。
あなたは立派な母親よ。
と
大げさなくらいの気持ちを伝えました。
ヒナは、
あなたのお陰よ。
と言い、
オットに、
モナが来てくれて大変助かったわ。
色々手伝ってくれたのよ
また彼女を連れてきてね。
彼女は本当に私を助けてくれたのよ
と、
私には少し矛盾を感じさせる事を言っていました。
彼女の夫と、
私のオットがいたからそう言ったのでしょうか?
でも、
彼女の顔は幸福に満ちていたように思えます。
それは
皆が彼女の<良い母親>の姿を見たからなのか、
義理の両親に邪魔をされずにすんだからなのか、
ただ、単純に
長男の誕生日パーティーだったからなのかは
私には分かりません。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
私にはこれからも
彼女との交流の機会があることは確かです。
私が願うのは、
私が彼女のウップン晴らしで終わって欲しくない・・・という事。
私を一人の友達として扱って欲しい・・・という事。
それだけなんです。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
長い文章になりましたが、
ココまで読んでくださって有難うございます!!!
つたない文章で、
心の向くままに書いてみましたが
感情が先ばしったり、
上手く伝えられなかったり、
本当に難しいわ~(苦笑)
コメントくださった方々。
有難うございます。
これからお返事させていただきますネ!
モナ
オットと彼と私と彼女の関係 2
あの事件(今回は詳しくは書けませんが)があったアパートから、新しい家に引っ越した数ヵ月後。
夜9時頃にオットの携帯が鳴りました。ヤコブからです。
何だか家族の中で揉め事があって、ヒナが家に泊まりにきたいという事でした。
そしてしばらくして家族4人の姿が・・・。
子供たちは初めてのお泊りに興奮気味でしたが、
それでも突然荷物を詰めモナの家に行く、ということに、
明日は学校もあるのになんで?
パパとママが何だかへん・・・
と何かを察しているような、そんな印象を受けました。
ヒナは、
何だかいつのも強さをなくし、
私にはたくさん見せていた自信のかけらも、
強気の発言も、
そして彼女らしいハリのある声もなくしていました。
た。
子供たちは遊びつかれて2階のゲストルームで寝ています。
男達がPCルームで話をしている間、私はヒナに何が起きたかを尋ねまし
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
彼女は大家族の中で、<長男の嫁>、<妻>、<義姉>、<叔母>、そして<母>として
日常生活を過ごしてきました。
その当時はヤコブの家では9人にさらにアメリカに単身赴任で行っている、次男のお嫁さんと2人の子どもも住んでいました。
そして
ヤコブの一番下の妹(結婚離婚を繰り返している問題児)が数日滞在するためにやってきました。
ヒナは、
その一番下の妹と衝突・・・・
でも、
久し振りに訪ねてきた妹の存在は大きく、
ましてやヒナは嫁という立場。
ヒナ 対 家の女4人
という構造が成り立っていました。
台所で食事を作っている時も、
男達の居ないお昼に食事をする時も、
ヒナには声がかけられることはなくなり、
女達の集まるそこではヒナに対する陰口がたたかれていたのを壁越しに聞いてしまった彼女は
さらに孤立し居場所をなくしました。
そんな時に・・・
子供たちが言う事を聞かない
多分、彼女はそのイライラと怒りを子供たちにぶつけてしまったのかもしれません。
何で言う事をきかないの!!!
自分の部屋に行きなさい!!!
家中に響き渡る子供をしかる声は、金切り声となって
仲が悪い一番下の妹を刺激したようです。
そして・・・
一番下の妹は子供たちや皆のいる前で言いました。
あなたは子供を虐待している!
これ以上見ていられないからあなたを警察に引き渡して
子供からあなたを一生引き離してやる!!!!
今から児童保護施設に電話して子供を引き取ってもらうから!!
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
ヒナは、
警察に連れて行かれるのではないかと、
子供たちを児童保護施設に引き渡されるのではないかと、
そう恐れて、家族に行き先を告げずに私の家に避難してきたのです。
一応社会学を大学で専攻し、
アメリカの児童保護プログラムや虐待の事もかじった私は
証拠もなしに警察に連れて行かれたり、児童保護施設に入れられたりする事はない
心配する事はないよ、
もし彼女が通報しても、まずは子供と母親の関係を観察してからじゃないと虐待とは決められないのよ、と励ましました。
実際
彼女は怒る時に叩いたり、叫んだりします。
それは私も気になっていました。
でも、子供の身に危険が迫るような事は絶対する人ではありません。
それに、
子供の学校でボランティアもしていて先生からも一目置かれている存在です。
今回のことで虐待とするのはあまりにもおかしな話でした。
PCでカナダの虐待のことを調べていた夫達が私達に
すぐに子供達を引き渡す事はないって書いていたよ、
と報告しに来ると、
やっと彼女は安心し、疲れたから寝る、といってベットにはいりました。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
次の日の朝、
子供達の学校があるから戻らなければ・・・
そう言って彼女達は帰っていきました。
虐待とは何なのかを知り、
自分は人に言えないような恥ずかしい事はしていない
そう判断した彼女はもう元気を取り戻していた様に思います。
数日後には一番下の妹もアメリカに帰って行き、
家の女達は以前のようにバランスの取れた関係を保つ事が出来たようです。
義母ーヒナー弟嫁・・・のように。
(権力が強いー弱い、の式です。私の勝手な見解ですが)
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
あれから6ヶ月。
昨日はヒナの長男の6歳の誕生日パーティーでした。
オットが仕事で4時から6時というパーティーの時間にはとうてい間に合わない、
今回の誕生日パーティーにはいけそうもないわ。
そう断ろうとした私にヒナは、
そんなの、
モナが朝から家にくればいいのよ。
それで彼が仕事帰りに家に寄ればいいでしょ。
あの子はあなたが来るのを楽しみにしているのよ!
来れないなんて、絶対許さないから!!!
いいわね。
(苦笑)
そうね、
私がオットと一緒に出かけて彼に送ってもらえばいいのよね。
もうあの家には慣れたし
子供達にも会いたいし、
きっとヒナも私に手伝ってもらいたいのね。
それにこれじゃぁ、絶対に断る事なんて不可能だわ。
30度を越す真夏日に、
エアコンのある自分の家でのんびりしたいな~
と思っていた私は
意を決し
朝からヒナの家に行くことに決めたのでした。
3へつづく・・・・
オットと彼と私と彼女の関係
オットの友人のヤコブは彼が高校生だった頃からの友達です。
彼は26歳の頃に結婚をし、今では8歳と6歳になる子供の父親です。
彼は7人兄弟の長男で、彼のお父さんとお母さんはカナダに9年位前に移民としてやってきました。
現在はトロント郊外にあるタウンホーム(両隣が壁でつながっている住宅)に彼の両親、彼の家族4人、弟夫婦、そして弟の計9人で住んでいます。
私はオットと結婚してから彼の家族と交流をもつようになりました。
彼の奥さんのヒナは私よりも10歳ほど年上の、かなり辛口のそして自己主張の強い女性です。
ヒナは専業主婦。
ヤコブはタクシーの運転をしています。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
オットがヤコブと仲がいいため、私も彼の妻・ヒナとの交流は必然的です。
ヒナはとても面倒見がよく、しかしすべてをコントロールしないと気がすまない、といった言動をよくします。
モナは新婚だから、
パキスタンの事を良く知らないから、
子供がいないから、
パキスタンの料理ができないから、・・・・・・・
だから、私がモナにちゃんと教えてあげないとね、と彼女は言います。
私ぐらいにならないと。
モナはまだまだ、ぜんぜん子供ね。
このうちでもね、私がすべてを取り仕切っているのよ。
ヤコブの母も弟たちの嫁も、まったく何にもできやしないんだから。
だから毎日が大変。
来週にでもモナの家に遊びに行って、休ませてもらうわ。
モナは子供たちの面倒をみてね。
子供たちはあなたが大好きだから。
私はヒナが、私の事を気にかけてくれている優しい人だと思いました。
例え人を馬鹿にしたような言動も、きっとジョークで言っているんだから、だから気にしないようにしよう。
私にはきっと彼女のような人が必要なのよ。
結婚披露宴から1ヵ月の間は
夫婦でヤコブの家に遊びにいったり、家に招待したり、一緒にお出かけしたり食事に行ったりしました。
彼の子供たちとはすっかりおなじみ。
会いに行くたびに
「モナ~~~~~~~~~~~~!!!」
と、抱きついてきます。
そんな<家族ぐるみの付き合い>に憧れていたのかもしれません。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
数ヶ月後、私たち夫婦の元にある事件が起きました。
あの日、ヤコブやオットの数人の友達も駆けつけてくれ、
コーヒーショッップで6時間に渡りこれからどうするかを話しあった後、
いつまでも泣いたり震えが止まらない私とオットに、
ジョークを飛ばしあって笑わせようとしてくれた友達のお陰で
やっと当時住んでいたアパートに向かった私たち。
でも、
アパートに近づいてきた頃、
呼吸が激しくなって
震えが止まらなくなって、
涙が出て止まらなくなってしまった・・・・
私は、事件の起きたアパートに、1歩足りとも足を踏み入れることが出来ませんでした。
「家にくればいいよ。何日でも泊まっていけばいいよ。
ヒナや子供たちだって喜ぶし、気分転換になるだろうし」
そう言ってヤコブは泣き止まない私の背中をポンポンっと
叩いてくれました。
ヒナは、突然の私たち夫婦の夜遅くの訪問と、
ただならぬ様子にとても心配してくれ、私たちが落ち着けるようにいろいろ気を使ってくれました。
2部屋しかないのに、彼らは子供たちの部屋の床で寝、
私たちにベットを貸してくれたり、私の話をじっくり聞いてくれたり・・。
私たちが滞在した3日間はあの事件を少しでも記憶の奥に追いやるにはとても好都合な場所だったのかもしれません。
そんなこともあって、私と彼女の仲はさらに深いものとなっていったのです。
つづく・・・・