去年の暮れ頃、

会社の同期だった友達から

喪中ハガキが届いた。

 

私が先に退職してからは

もう長いこと会ってなくて、

年に一度の年賀状のやり取りのみ。

 

私の年代になると、

親が亡くなったというパターンが多くて

この時も最初は

「〇〇ちゃんとこ、旦那さんの親でも亡くなっちゃったのかな?」

と思った。

 

でも、本文に目を通して

愕然とした。

 

16歳の息子さんが亡くなったという。

 

「闘病の末」と書いてあったので、

何かの病気だったらしい。

 

彼女からの年賀状は

毎年、家族全員で写っているものや

お子さん達それぞれの写真が

いつも何枚かあって、

小さい頃からの成長ぶりが

会ったことはなくても分かり、

なんだか身近に感じていただけに

「あの息子さんが・・・」と思うと

言葉を失った。

 

ただ、その後は

年末年始が重なったり、

私のバセドウ病がわかったり、

 

彼女自身も悲しみの底にいて

何もする気が起きないだろうし、

第一、何と言って彼女に声をかければいいか

全く分からなくて

こちらからは連絡をとらずにいた。

 

でも、心の中ではいつも

「〇〇ちゃん、どうしてるかな。大丈夫なのかな」

と思っていた。

 

そして3月のお彼岸の頃、

さんざん悩んで、ようやく手紙を書き終え、

お線香と一緒に送った。

 

すると、数週間後に

彼女から電話がかかってきた。

 

本当に久しぶりに聞く彼女の声だったけど、

昔のまま可愛らしく、

全然変わっていなくてびっくりした。

 

こちらから詳しい話は聞けないし、

彼女の方もあまり深い話はしなかった。

 

途中で彼女が泣いてしまって

私も思わず涙がこぼれたけど、

思っていたより元気そうで

ちょっと安心した。

 

その後、数日して

今度は彼女から手紙が届き、

そこに息子さんのことが書かれていた。

 

白血病だったそうで、

移植が必要だったと書かれていた。

 

詳しくは書かれていなかったから想像でしかないけど、

おそらく移植は間に合わなかったのではないかと思う。

 

そして、

息子さんは16歳で亡くなってしまった。

 

彼女は電話で

「自分が代わってやりたかった」

と言っていた。

 

そして、手紙には

「早くおばあさんになりたいって思う」

と書いてあったけど、

これは本当は

「早く死んで、息子のところへ行きたい」

ということを意味してるのではないかな、と。

 

前置きが長くなってしまったけど、

彼女のことがきっかけで

骨髄バンクについて調べてみることにした。

 

もともと献血はよくやっていたし、

臓器提供意思表示カードも

「提供する」にして常に財布に入れている。

 

日本骨髄バンクのHPで

「ドナー登録できないケース」を見ると、

 

1.病気療養中または服薬中の方
  特に気管支ぜんそく、肝臓病、腎臓病、糖尿病など、慢性疾患の方

 

2.以下の病歴がある方
  悪性腫瘍(がん)、膠原病(慢性関節リウマチなど)、自己免疫疾患、

  先天性心疾患、心筋梗塞、狭心症、脳卒中

 

(このあと、3.~ 8.まで続くが割愛)

 

「1.病気療養中または服薬中の方」

については仕方ないと思う。

それは最初からダメだと思っていた。

 

でも、

「2.以下の病歴がある方  自己免疫疾患」というのは、

「病歴」となると

バセドウ病が寛解してもダメっていうことだ・・・。

 

なんだか、ものすごくショック。

バセドウ病ってそんなに大変なことなの?

骨髄バンクに登録できないなんて思ってもみなかった。

 

ならば、臓器提供はどうなんだと思って

日本臓器移植ネットワークのHPを調べてみた。

 

「がんや全身性の感染症で亡くなられた場合には、

 臓器提供できないこともありますが、

 実際の臓器提供時に医学的検査をして判断します」

 

「自己免疫疾患」とは書かれていない。

 

それぞれの臓器により、

適応基準となる年齢制限もあるみたいだけど、

これも絶対ではないらしい。

 

「実際に臓器提供のお申し出を家族からいただいた時点で、

 それまでの罹患歴を聞いたり、いろいろな検査をし、

 提供ができるかどうか医学的な判断をいたします」

とも書かれている。

 

臓器提供に関しては、

結局、その時になってみないと

分からないっていうことらしい。

 

でも、なんだかダメなような気がする。

分からないけど。

 

なんだか本当にがっかり。

 

自分の血液や骨髄、臓器が

誰かを救えることになるかもしれない

って、すごいことだと思うし、

これくらいしか

お役に立てることがないのに。

 

今更ながら、

たかがバセドウ病、されどバセドウ病

と恨めしく思ってしまう。