
今日(6月23日)戦後70年目の「沖縄慰霊の日」を迎えました。梅雨明けした沖縄では、最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園に、沖縄全戦没者追悼式が開かれ、参列者が冥福を祈ります。
多くの住民を巻き込んだ悲惨な地上戦で旧日本軍の組織戦闘が終わりました。この戦いによって県民の約4分の1が犠牲になったとされています。あらためて犠牲者を悼み、平和を祈ります。
そして
激しい地上戦で約15万人の県民が犠牲となった沖縄。戦後は過酷な米軍支配を強いられ、復帰後も広大な米軍基地が残り、慰霊の日のきょうは県民の悲しみや苦しみ、怒りに寄り添う日だと思います。
1945年6月23日、沖縄守備隊「第32軍」の司令官牛島満中将の自決で、日本軍の組織的戦闘は終結。
戦争で肉親や仲間を失った悲しみ、かつての米軍支配に対する怒り、
本土決戦に備える時間稼ぎの「捨て石」にされた沖縄。海軍司令官だった大田実少将は最後、海軍次官宛てにこう打電した「沖縄県民かく戦えり。県民に対しを後世特別の御高配を賜らんことを」
慰霊の日は、犠牲者への哀悼と同時に、日本国民が沖縄の人たちに寄り添ってきたといえるのか、問い直す日でもあると思います。
