紫苑のブログ -161ページ目

紫苑のブログ

ブログの説明を入力します。

本日、父の葬儀と四十九日の法要が無事終わりました。

思えば、異例な事が次々と起こった葬儀と法要でしたが、周りの人達に色々な協力を、受けながらハプニングが起こる中、淡々と時には、一人で途方に暮れる事もありましたが今日粛々と執り行う事が出来て本当にホッとしています。

通常なら、通夜から葬儀と済ませた後に七日参りを済ませ四十九日を迎える所を、通夜から密葬→火葬した後、葬儀と四十九日の忌明け法要となりその間に七日参りを、挟む形になり、兄達には伝えてませんが母方の叔父が兄達の事を、直接間接に批判めいた事を言ってきたので、私が同調せずに庇い立てしたと思ったのでしょうか。
叔母から、色々聞かされて危うく叔母にも、喧嘩腰にはならなかったけど反論してしまった私……

叔母はきっと頑固だと…いえ、生意気だと思ったかも知れません。

それなりに、ある部分は私も反省をして…(苦笑)参列して頂けるか、確認をさせて頂きましたが…内心はやはり、ドキドキしながら連絡するハメに(笑)

とはいえ、私も姪っ子夫婦も我が家の事情を考慮しながら色々決めて来ました。
最後は、開き直って「私達のやり方でやります。言いたい事があるならばどうぞご自由に仰ってくださいませ!」と(笑)

元々、父が生前に自分にもしもの時が起こったら、家族だけで見送って欲しいと言っていたのですが、やはりそういう訳に行かない事もあるので親戚と最低限のお友達←父の

だけに連絡しました。

概ね通夜と密葬の時に予想以上にお別れに来て頂いたので、今回は本当に身内だけと思っていました。が、何十年ぶりに逢った従兄弟や、父のお友達が来てくださり急遽、席を増やして頂きました。

そして最大のハプニングは、兄達の大水害!!時期が時期だけに普通に酷い雨が降らなければと思っていたのに、予想だにしなかった大水害………TVから流れる映像にただただ絶句した私、最悪の事態しか浮かばない私……泣きながら無事を祈ったり、翌朝まで一睡も出来なくて…早朝に声を聞くまでは不安でいっぱいでした。

避難所に行けず、自宅で親子三人まんじりともせず過ごしたそうです。

兄は一人でも、葬儀に来るつもりだったのですが、私は断りました。ホントにこれ以上何か有ったら私は、崩壊してしまうから、とにかく逃げてとお願いしましたけど、その後小康状態が続いたので罹災証明を取るために写真を撮り市役所に手続きに行ったけど、途中の橋を渡る時は怖かったそうです。
そして昨日、兄は参列を断念すると電話をくれました。

そして今日は、朝から雷雨…
せめて皆さんがいらっしゃる頃には小降りになって欲しいと願いつつ、車を玄関前に付けて小降りになった時に、父に先に車に乗って居てねと言いながら、お骨とお位牌を助手席に乗せて、準備して早めに出発して会館へ予定よりも早く着いて(笑)
ちょうど、担当さんが来てくださり運んでくださいました。また、父の後輩の方が福岡から、来てくださっていたので、一緒に式場へ、今日の打ち合わせの合間にお話ししたり、その後参列してくださった方が到着され、葬儀が執り行われました。読経が終わると、喪主の挨拶………

兄が挨拶すべき所でしたが、私が代わりに……緊張しました。
綺麗な言葉を並べるよりも、ありのままの気持ちを伝えようと、拙いながらも参列して頂いたお礼と兄の代わりを、務める事、父の最後の近況、残ったもののこれから…素直に短く?余り覚えていません(苦笑)

その後お寺に行って、もう一軒同じ四十九日の法要の方と合同で読経をして頂き、終わって、みんなでお膳を囲み、私は余りに胸がいっぱいで少しだけ手を付けて、後は、それぞれの方々にご挨拶と父の話をして無事終わりました。

帰宅後は、姪っ子夫婦とお花や果物をお供えして、返礼の品を選んだり諸々の決め事などあらかじめ決めて、後日からの打ち合わせの準備をして初盆の準備に向う事に、姪っ子夫婦の帰宅後は兄に報告をして、今日の一連の行事を終えました。

やっと緊張の糸が緩んだ気が(笑)

葬儀と四十九日ハプニングがあったけどそれはまた後日に(笑)

皆さんのたくさんの暖かいいいね!!や、お言葉が私の支えになりました。改めて、お礼申し上げます。ありがとうございましたm(*_ _)m

纏まり無い長い文章にお付き合い頂きましてありがとうございます。そして、ごめんなさいm(*_ _)m