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perigee point**

頭の中のもやもや。
言葉にして、明確化する。

自分自身を知るための場所。







“死”に関わる話


抵抗がある人には、見せられない日記。













後ろ向きではなく、前向き。

これからを生きるため、


“死”を考える。













今更ながら、『おくりびと』を観た。


まず、もっと素直に生きようと思った。

それは、この作品を公開当時に観なかったことに対して。

話題作・ヒット作は、すぐに観に行かない天の邪鬼。


何千、何万とある映画作品…

観たいと思ったそのときに観ておかないと、追いつかないな。


もっとたくさんの作品に触れよう。













この作品の名シーン


納棺師である夫に触れられて

「汚らわしい」と吐き捨てる妻。







ひどいな、と思った。

誰よりも、大切な人に拒絶されるのは、つらいだろうな。


遺体に触れた手で 自分に触れられることに対して、


あそこまで拒絶反応を示すこと


今や、私には共感できない。













でも、否定もできない。


“葬祭業”へのイメージ。



ものごとに賛否両論はつきものだけど

“死”に関わることは、特にそうかも。


スピリチュアルカウンセリングの流行もあってか、以前ほどではないけれど、

未だに、“死”について話すことはタブーとされているような印象がある。


ん、むしろ、↑この考えこそ、ステレオタイプ?














タレントさんは、テレビで“死”を語ったりしない。

それは、当たり前か。


いなくなることを考えたら、やっぱり哀しくなるもんなー…。



でも、“死生観”を聴いてみたい、と思う。

深いところを知りたい、ただの私の欲求。



“結婚観”についてはあんなに語るのに。

「冠婚」「葬祭」両極端な人生の大イベント。


考えていない訳じゃないだろうけど…

聴かせてもらえる権利がないだけで。

時は流れ、時代は変わるから。

いつか、あの人の“深いところ”を知れる日も来るかもしれない。













大学の入学式で、オルガンにのせて『南無阿弥陀仏』を歌われた衝撃は、今でも忘れられない。

そこで初めて、自分の大学が、仏教の精神をもっていることを知った。


ちょっと、こわい!と思った。



しかし、これも“縁”か。


“死”について学び、考え、感じる機会が増えた。


仏教をはじめ、「宗教」に触れた。

第二志望であった、生命倫理を考えるゼミへ配属された。

葬儀社でのインターンシップで、様々な故人様と、家族の愛のかたちを目にして、ひどく感動した。

クリスマスの夜。1週間後のライブを楽しみにしていた、フジファブリック志村さんの急死を知らされた。

突然の祖父の死。


以前からの「興味」が、「確信」「決意」へと変わった。











“葬祭業”

「究極のサービス業」と言われている。

私は、心から素敵な仕事だと思う。


初めて祖父を亡くし、初めて葬儀に参加し、式を執り行う“葬祭ディレクター”の存在を知り、心から感謝した記憶。

あれはもう、7年も前のこと。

鮮明に覚えてる。











“誕生”と同じく、人生において重大なできごとである“死”


誰にだって、不可避なこと。

“誕生”までには、「妊娠」という明確な準備期間がある。

しかし、“死”にはそれがない。


だから、生前準備って大事。



自分が死んだら、どうしてほしいか。

葬儀の形式、規模
遺影写真
臓器提供の意思表明…

プロである葬儀社に相談までしなくても、自分自身で考えておけること。




人生最期の大イベント。

主役は自分。

他人任せでいいのかな。

私は、自分らしく、演出したい。





会葬者は、親族と親友だけ。

棺や骨壺は、シンプルで低グレードなもの。

棺には、四十九日の長旅の間に休憩がてら読めるように、手紙や本、写真を入れてもらいたい。

お花は、お金がかかってしまうかもしれないけど、大好きなガーベラが多めだと嬉しい。






私が理想とする葬儀。

それが実現されれば、

私も満足するし、

親族も悔いなく式に臨めるだろう。







3ヶ月前の祖父の死。

突然、危篤の連絡を受け、気が動転した。

普段は、少しでも安く、と高速バスで帰る道。

久しぶりに特急電車で帰った。

奇跡を信じたいのに、片手にはしっかりとスーツを持ち帰っている自分が悲しかった。





葬家としての葬儀は、とても慌ただしく、しとしと と哀しんでいる暇などなかった。





じいちゃんに聴きたいことが、今になって、いろいろと浮かぶ。

もっと一緒に写真を撮っておけば良かった。

一緒に旅行に行ったこともなかったな。

思い返せば、この歳になっても、甘えてばかりだった。

可愛がられてばかりだった。

何もしてあげられなかった。




葬儀の打ち合わせの段階で、

じいちゃんの好きな歌を初めて知った。

じいちゃんの地域に根付いた経歴を知った。

親族と近所付き合いは、じいちゃん在ってこそ、生まれたもの。

たくさんのものを遺してくれたじいちゃんに感謝。











人生、いつ終わるかわからない。

“死”に向けて準備することに

早すぎることなんて、ない。


生前に、大切な人たちと互いに意思を共有しておくことで、悔いのない最期の式を迎えられる、と考えている。










私は、それをサポートする仕事に就きたい。

“葬儀業界”のイメージを一新したい。


決して華やかなものではない。

理解されずに、周りに引かれるかもしれない。

直ぐには就けなくても、いつか必ず。


幼い頃から長い時間をかけて育ててきたこの信念ばかりは、そう簡単には変わりそうもない。










うん。


うん。

よし!

がんばる!