桃沢類

桃沢類

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なぜ犬や猫、他動物は言葉を話せないのだろうか?口の造りが喋れない構造になっている。なので、彼らと直接意思の疎通を交わすことは出来ない。お腹が痛い時、人間ならお腹のどの辺がどう痛いか第三者に対して表現できるが犬や猫にはそれは出来ない。なので、背中を丸めて足に小刻みな震えがあるとお腹が痛いのだろうかと想定できるが、確実にそうであると判断は出来ない。つまり、判断するのは人間の方であって犬や猫ではない。

2017年8月19日。
桃🍑(愛犬)は、永眠しました。

ペットロスpet lossが、どんなものか?自分にその時が来るなんて想定もしていませんでした。つまり、自分は愛犬が亡くなったからといって普通に時は過ぎるだろうと、思ってましたが、何なんでしょうかね〜考えるに自分の喜怒哀楽を桃と同期してると勘違いしてるというか、常に自らの独自性を存在の根拠としている自分と桃とが同じ存在を築いてしまったと感じた、ということで、桃が亡くなったイコール自分の肉体の一部が崩れ落ちて、消えてしまったような感覚にとらわれているのかもしれません。

慢性腎不全の末期だったようです。完全に食欲が無くなってから点滴を打ってもらいに専属の獣医のところに行きました。点滴も終了し、自宅に帰宅すると前足がビッコのようにして歩いていました。「あれ?、どこかで足をこねたのかなぁ」って、翌日も点滴に打ちに行った時に先生に聞いてみると、「多分どこかで足をこねたのかもしれませんね」との事、翌日は良くなるかな?っと思ってましたが全然良くならず、その日は自宅で点滴をするために指導を受ける日でした、「うん、大丈夫👌説明書も付いてるし問題ない」っと帰宅。その日は既に点滴済みだったので翌日(19日)に点滴をする予定でした。仕事帰りが5時過ぎなのでそれから点滴をする予定でしたが、その日の四時過ぎに母親から連絡があり「桃ダメだったで……」って、話によると前日の夜はなかなか寝なかったらしくずっと頭を持ち上げて周りを見ていたそうで、19日の午前に前足が動かないのに急にはって出てウンコをしたそうです。そのウンコに大量の血が混ざっていたそうで、母親は「もうダメかもしれんなぁ」っと思ったそうです。その後グッタリと寝てたようですが四時ごろ洗濯を取り込んだ母親が息をせず眠ってる桃を見て、死んでる桃に気づいたそうです。死に際に立ち会えなかったのですが、自ら逝ってくれたのは結果的に安楽死の選択をしなかった、ということで良かったと思います。いや、安楽死が悪いとかじゃなく、そのタイミングの問題に結果的に携わるのは飼い主だと言うことになるからです。桃の状況的なことを考えると安楽死の選択肢もあるタイミングだったのかもしれません。

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桃の死から2日ですが、いつまでこの無力感が続くのやら……