先週の木曜日からだから、今日で5日目かな。
チャネルクラスのお師匠に宿題をいただきまして
毎日少しずつ、主に入浴中に自分と向き合う時間を作っています。
といいつつ最初はただやみくもに言われたことをしていただけなのですが
今日、初めて「こ、これはじぶんと向きあっているんではないか



」と気づいたのですが。
すこしずつ、本当に少しずつ見えてくるものがあって
今日はいったん大きなターニングポイントでありました。
お散歩で体をうごかした効果もあるのかな。
私は自分が子供のころから子供嫌いで
大人になっても直らず
人からは「自分が子供だからなんじゃないの」といわれたりしましたが
いや其れもあるけど、なんかちょっとちがう。的を射てないと感じてました。
だって、子供の泣き声で背筋がぞーっとしたり恐怖を感じるんだもん

でも、スイミングスクールのインストラクターのバイトを始めてからは
楽しいし、子供オモロイし「ありり?」と思っていて
よく観察してみたら子供のいる母親に嫌悪感があることに気づいたのです。
でも、アロマの講座で出会うお母さんたちはよくがんばっていて
その嫌悪感もちょっとずつ薄れつつ。
それでもやっぱり、異常に過保護な親やうちの子第一、道空けなさいよみたいな母親は
やだなー、と。でもそんなの普通誰でもいやだし。とよくわからなくなっていっていたところ
今回のワークですよ。
結局、この感情は私のDNAの記憶か、過去生かなにかはわかりませんが
子供を生んでも育てられなかった女性の感情だったのです。
育てられないのにまた子供ができてしまう。貧しさから育てられないのがわかっていても
生む以外できない。育ててあげられないのに自分のおなかの中で
どんどん育っていくときの感情が、根強く残っていたようです。
それに光を当ててみました。
それは多くの女性が過去生で一度は経験している悲しいことなのですが
現在、ここに生きる自分、また喜んで生まれてくることを選んだ自分、
もっと言うと子供を生める体で生まれてきた自分が生きていることに
すごく意味があって、じゃあ今日気づいてしまった感情はどうすればいいかというと
ただ淡々と見る、気づく、それで祝福してもいいし、
私の場合は今の自分に統合することで消化することを選びました。
これを押さえ込んで見ないようにする、という選択は私の中ではナシ。
それと、その感情を再度味わって共感するというのも、今回の私の中ではナシ。
だって、大きくいうと私のかもしれないけど
実際、今生きている私の感情じゃないから。
今じゃない人生の経験をもう一回反芻する必要性が感じられないから。
こういう風に淡々と受け止められるようになるための練習が
今回の宿題だったのかなと思います。
「それはあなたの感情じゃないわね」と言われてもピンときてなかったのですが
今ならこの言葉の意味がわかる気がします。
こういうのっていわゆるサイキック能力を開発していけばわかるものと勘違いしていたけど
大事なのは自分の心持というか、自分のあり方、覚悟とか姿勢なのかもしれない。
過去や他人の感情に振り回されない、どれが自分の感情かをしっかりと
見分けながら生きていくという、私の性質上苦手だったところが(グランディングというのか?)
フォーカスされている師走なのでした。
いい年末を迎えたいです


全部で15日間の宿題だから、年内に終了が目標です。