ブログを書く気持ちになれず、時間が経ってしまいました。
まだ、頭の中はまとまってないですが、少しずつ書いていきます。
4月14日に夫が自宅で倒れ、緊急入院になってから、
まるで坂を転がり落ちるように、事態が悪化していきました。
救急搬送中に意識朦朧となった夫は、入院中もかなり辛い症状が続き、
歩行が出来ない、意思確認が出来ない状態でした。
夫は、播種再発しており、癌性髄膜炎を起こしていました。
脳髄液から、脊髄にも腫瘍が広がっていました。
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緊急入院して4日目、主治医からの説明がありました。
検査結果、病状の説明があり、
今後、進行を抑えるための抗がん剤治療(アバスチン、ICE治療)をするか、
ここで治療を終えるか、どちらにするか聞かれました。
そして、
「抗がん剤治療をしなければ3カ月、抗がん剤治療をして6カ月くらいだと思います」
と、余命宣告を受けました。
私は、しばらく意味が分からず、余命宣告を受けた、ということを理解できませんでした。
主治医からの説明を受けた次の日の朝、同席してくださった看護師さんに、
「余命宣告を受けたってことですか?」と電話して聞いたほどです。
事態の急展開についていけませんでした。
「夫の苦痛がないのは、どっちですか?」と私が聞くと、
「今の状態がかなりしんどいと思うので、抗がん剤治療をした方が苦痛を減らせると思う」
と主治医の先生が答えました。
それを聞いて、すぐに抗がん剤治療をお願いしました。
とにかく、夫の苦痛を少しでも取り除いてほしい、と思いました。
同意書を書き、その次の日から治療することになりました。
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夫には、
・これまでの抗がん剤はあまり効いていなかったこと
・明日から新しい抗がん剤がスタートすること
を電話で伝えました。
意思確認は難しいと言われていましたが、夫は「うんうん」と説明を聞いてくれました。
新しい抗がん剤治療が始まった日の夜。
夫が「この点滴はやばい」と言いました。
いつも文句ひとつ言わない夫が、こんな風に言うなんて、
よっぽど辛かったんだと思います。
抗がん剤治療2日目の朝。
夫が「もう、お家に帰ろっか」と言いました。
入院して、思うように動けなくなって、痛みや吐き気と毎日闘って、
さらに抗がん剤治療が始まって、本当に本当にきつかったんだと思います。
今回の抗がん剤治療は、3日間の点滴だったので、
「3日だけ、がんばれる?そしたら、帰れるよ」
と、伝えました。
夫は「うん」と小さく答えました。
「早くお家に帰りたいね」
「うん、帰りたい」
「早く帰ろうね」
「うん、帰る」
そんな会話を何度もしました。