今日は12時からの出勤。
この時間からのシフトは朝ノンビリできるから好き。
そんなことを言ったら、杏先輩には怒られそう。
「おはようございます」
「おはよう。お店に茜を待っているお客さんがいるわよ」
「わたしを?」
「うん。外国人のお客さん。色白で上品な感じの男性。心当たりある?」
「……あります」
あの人しかいない…。
「姫に会いに必ず、また日本に参ります」
九条家のパーティーに招待されたヨーロッパ小国の貴族の方に、そう言われた。
悪い人ではないんだけど、キザすぎる。
そして、わたしに一目惚れしたみたいで、わたしのことを「姫」と呼ぶ。
「恥ずかしいからやめてください」と言ったけど、「貴女を表す言葉は姫以外にありません」と言われてしまった。
「茜、大丈夫?」
「大丈夫です…」
そう言って、制服に着替え、店内に行く。
「おはようございます」
神さんと晶に挨拶をする。
「おはよう」
「おはよう。茜…ウォルフが着てるぞ…」
「うん…知ってる…」
店内に入ってすぐ、ウォルフ様を見つけた。
奥の席に座っているけど、目立つからすぐに気がついた。
「神さん、すみません。先に知人に挨拶をしてきます」
「うん、いってらっしゃい」
神さんは優しく笑って、そう言ってくれた。
「ウォルフ様。お久しぶりです」
「会いたかったよ、姫」
ウォルフ様はニコッと笑った。
貴族らしい高貴な笑顔…。
思わずドキッとしてしまった。
「しばらく姫のご自宅に居候させていただくことになったよ」
「えっ!?」
「お父様から聞いてない?日本に留学するという話を姫のお父様にしたら、ぜひ我が家にホームステイを…と言っていただいたので、お言葉に甘えることにしたんだ」
お父様…そういうことは事前に言ってください…。
心の準備をする時間が必要です…。
晶もこの話を知らなかったみたいで、カウンターの中で項垂れているのが見えた。
ウォルフ様…いい人なんだけど、苦手なタイプ…。
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仕事は終わったけど、家に帰る気になれなかった。
ウォルフ様が家にいる。
それだけで気が重い。
晶も帰りたくないみたいで、わたしより先に仕事が終わったのに、事務所に居座っている。
「茜も晶くんも帰りなさい」
「せんぱーい‼帰りたくないですー‼」
「僕もです…」
「晶はわたしの家に帰りたくないのなら、自分の家に帰ればいいじゃない」
「それはもっとイヤだ」
「いつまで意地張ってるのよ。早くおじ様に謝って、実家に帰ってよ」
「お父様に謝るくらいなら、ウォルフと同居したほうがマシだ」
「わたしは迷惑なの‼」
「もう‼喧嘩しないの‼」
「杏せんぱーい‼助けてください‼」
「とりあえず事務所は出ようか。話は夕飯を食べながら聞くから。茜ちゃんも晶くんも、それでいい?」
「「はい…」」
「仕方ない。わたしも付き合ってあげる」
神さん、杏先輩、晶、わたしの4人で駅近くのイタリアンのお店に向かう。
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「で、あの外人さんはどなたなの?」
「ヨーロッパの貴族のウォルフ様です。九条家のパーティーにご両親といらっしゃったときに、わたしに一目惚れをしたらしいです」
「それで、また日本に来たの?」
「そうみたいです。また日本に来ます、と言ってたけど、社交辞令だと思っていたんです。でも、本当に日本に来てビックリしています」
「あいつは破天荒なんだよ」
「晶くんも彼とお知り合いなの?」
「はい。そのパーティーに僕も出席していましたので」
「パーティーか…。やっぱり、お金持ちは庶民とは違うのね…」
「パーティーなんて面倒なだけですよ。嫌みな大人にもニコニコしてなきゃいけないんですから」
「それも令嬢の務めだろ」
「晶より愛想よくしてるつもりですー。おじ様が『あいつは愛想がなさすぎる』って嘆いてたわよ」
「僕は男だからいんだよ」
「男は楽でいいね」
「女のほうが楽だ」
「女をバカにしないで‼」
「すぐ喧嘩しないの‼毎回止めるの面倒なの」
「まあ、いいんじゃない。喧嘩するほど仲がいいって言うし」
「神くんは人に甘すぎるのよ。だから、信長がいつまでたっても甘ったれのままなのよ」
「それは俺じゃなくて諸星さんの責任だと思うよ」
「ああ…そうね…。大も何だかんだ言って信長に甘いわね…」
「諸星さんは信長のこと大事にしてるからね」
「みなさん、仲がいいんですね」
「高校生のときからの付き合いだからね」
神さんはニコッと笑った。
……素敵。
神さんと中岡の笑顔、何となく似ている。
柔らかくて人を和ませる笑顔。
何か最近、中岡のことばっかり考えてるな…。
本当に中岡に恋してるみたい…。
執事との恋なんて実るわけない。
結婚は親が決めた相手としなくちゃいけない。
自由な生活がしたい。
恋愛も仕事も…自分が思うようにしたい。
でも、そういうわけにはいかないことは分かってる。
「茜。暗い顔するな」
「別にしてない」
そう言って、パスタを頬張った。
今は食べることに集中しよう。
そうじゃないと、中岡のことばっかり考えてしまう。