『普通』って、誰のための言葉なんだろう 〜子どものペースに寄り添う中で〜
息子の睡眠のことで悩みがあり、今、スリープクリニックに通っています。先生とお話しする時間は、いつも少し肩の力が抜ける、大切な時間です。今日は、こんな話になりました。「普通って、誰のための言葉なんでしょうね」うちは、できないことが多かったり、私が心配で、20歳の息子でも病院に一緒について行ったり。学校との距離の取り方や、日々の過ごし方について、「もう大人なのに」「そこまでしなくてもいいんじゃない?」そんな声が聞こえてきそうで、自分でも「過保護かな…」と不安になることがあります。そんな気持ちを、先生に正直に話したとき。先生は、穏やかにこう言ってくれました。「息子さんが安心するなら、いいんじゃないですか?」「大人でも、できないことはありますよ」「そのときは、誰かにサポートしてもらえばいい」「それでいいんじゃない?」その言葉を聞いて、胸の奥がすっと軽くなりました。「普通」「自立」「年齢相応」知らないうちに、誰かの基準で、息子や自分を見ていたのかもしれません。でも、子どもにも大人にも、その人その人のペースがあります。安心できる形も、支え方も、家庭ごとに違っていい。「今は、これでいい」そう思えたとき、息子にとっても、そして私にとっても、必要な安心が、ここにある気がしました。同じように悩んでいるママへ周りと比べて、「この関わり方でいいのかな」「甘やかしすぎなんじゃないかな」そんなふうに不安になること、ありませんか。でも、誰かの「普通」より、目の前の子が安心できることを大切にしていいんだと思います。安心は、甘えではなく、その子が次の一歩を踏み出すための土台。今日の記事が、子どものペースを大切にしたいと願うママの心を少しでもあたためられたら嬉しいです。