障害児ママになって
よく見かけるようになった
側弯に関するブログ。
命に関わる恐ろしい病気だと
知ったのはわりと最近だったりする。
じつは私、側湾症です。
今回は私の側弯ネタです。
ご興味ございましたらお付き合いくださいw
発症したのは小学4年くらい。
学校の検査で引っ掛かって
地元の市立病院に通っていました。
当初はコルセットで矯正してましたが
やっぱり着けるのが恥ずかしくて、
あまり装着しなかったw
それが原因かは分かりませんが
かなり悪化してしまい
中学2年の夏に手術。
東京の西の方にある
側弯手術で有名な国立病院に
2、3カ月入院しました。
当時のことは、
そんなに覚えていませんが
術後はとにかく痛かった。
傷口は熱をもっていて
ずっとズキズキ痛くて
泣いてしまったし
何より寝返りが出来なかったのが
相当ストレスだったのを覚えている。
しかし、
こんなに痛みに耐えたのに
わたしの背骨は完全にまっすぐには
なることはなかった。
前述の通りかなり悪化していたため
一度の手術では治すことができず
少し曲がった状態で終了することに。
おそらく身体への負担を考慮して
のことだろうが私としては
完全に治してほしかった。
日常生活に支障はないものの
中途半端に曲がった背骨。
左の肩甲骨が明らかに出ていて
左右非対称な背中。
当時は水着を着るのも嫌だったし
身体にフィットする服を着るのも
憚られた。
肩が凝りやすかったり
背中に軽く痺れを感じることも
多かった。
街中でジロジロ見られることは
ないけれど友達が私の背中を無言で
見ている視線を感じることはあったし
いきなり背中を触られると
ゾワっとしてしまうくらい
敏感に反応してしまう。
今なら命があるだけ有り難いと
思えるけど思春期真っ只中の私にとって
この背中がコンプレックスだった。
本当に嫌いだった自分の背中。
しかし思いがけないひとことを
掛けられることになる。
社会人2年目頃だっただろうか。
会社の健康診断でレントゲンを
撮ることになり背中を
見せなくてはいけなかった。
流石にこの頃になるとある程度
耐性もできていて開き直ってはいたけど
まだ少し抵抗感は残っていた。
でも、まぁ医療従事者だし
私も特に意識する事もなかった。
すると技師さんが
『背中の跡、側弯か何かの手術ですか?』
って聞かれた。
そうです、って答えると
その技師さんが
『すごくきれいな手術跡ですね。きっと丁寧にやってくれたんですね。』
って笑顔で話してくれた。
それ聞いた瞬間、
目からウロコw
今までコンプレックスでしか
なかった背中の傷。
あー、これ当時の主治医が
なるべく目立たないようにって
丁寧にやってくれたんだ…って。
自分じゃそんなの分かんなくて
塞ぎ込んでしまったよ。
自分の視野の狭さに
情けなくなりつつ、
主治医の優しい思いに
あったかい気持ちになったり…
誰かに少しでも大切にされていたのか
と思うと素直に嬉しかった。
さてさて
それからさらに十数年後。
帝王切開でできたお腹の傷。
一応ナントカテープを貼って
ケアしたものの赤くくっきり
残ってしまいました…
おまけに妊娠線もくっきり。
もうねぇアラフォー母さん、
傷跡も妊娠線もなーんとも思いませんw
屁、です。
次男ハーフバースデーです。
キューピーハーフ
やってしまいました。
百均フェルトで作りました。
次男くん、オメデトウ。
