こんばんは
今日は久しぶりに、ブログで繋がった方のセミナーに参加してきましたニコニコ
潜在数秘術、美構造開脚、彩ふ読書会とそこからのピラティス、骨格&カラー診断、おまた講座、ヘナ体験、筆文字アート、「緑の小道」さんのお話会など、たくさんの出会いがブログを通してあり、いずれも私にとって大切なものになっています

それは、箱庭療法士なかむ〜さんクリアリング〜シェア会〜ですニコニコ
ダウンダウンなかむ〜さんと、箱庭についてはこちらダウンダウン

今回のシェア会は、なかむ〜さんが10月に開催された「聴くから始まるコミュニケーション講座」の後のフォローアップの会でした。

私は受講していなかったのですが、箱庭に興味があること、“傾聴”もずっと学びたいと思っていたこと、更にコーチングについても以前から関心があったので、なかむ〜さんにお会いし、参加される皆さまのお話を“聴き”たいな、と思いました。
コーチングについては以前一冊記事にしています。


シェア会の感想の前に、なぜ私が“傾聴”に関する講座を受けたかったかについて先に書きたいと思います。

シェア会感想から読みたい方は、下矢印下矢印下矢印までお進みくださいニコニコ
⚠️ちなみに、下矢印下矢印下矢印部分前までは、セミナーに参加する前に先書きしていました。



娘は今、カウンセリングで箱庭療法をしています。

娘がする前から、箱庭には興味がありました。

HSPで子どもの頃から深く物事を考えていた私は、子どもの頃は今のように考えていることを文章化できなかったため、今よりもっとモヤモヤしたものを抱えていました。

自分はおかしいんじゃないかと子どもの頃から悩んでいたし、ひとに話してもわかってもらえないと思っていました。

箱庭療法を子どもの頃に何かでみて、「やってみたい」「自分が何を考えているか知りたい」と思いました。


私がそんな風に思っていたのは、母との関係の影響も大きいです。
母は元々批判的に物事をみるタイプなので、私に対して否定的な意見を述べてくることが多く、それにより更に自分はおかしいと思い、自己肯定感が低く育ちました。



今振り返ると、祖父が小さい頃の私の味方でした。
祖父は優しいひとで、私がどれだけわがままを言おうと、ニコニコ笑って付き合ってくれるひとでした。

祖父は私が小学生高学年になった頃、認知症になりました。
祖父が認知症になってからは身近な味方はいなくて、中学時代が不安定で苦しかったのは、そのせいもあるかな、と今振り返ると思います。

高校で親友に出会い、そのお母さんともお話をさせてもらうことで逃げ場ができたようで、よく友人宅に行っていました。



高3で進路を選ぶとき、母と決定的な衝突がありました。
看護師を目指すと決めたとき、母に「あんたに務まるわけがない」、「看護師なんて汚い仕事」と親戚との新年の集まりで言われ、別室に逃げ込んで号泣した思い出があります。
母が私を心配して、「よかれ」と思って言ったのだと今は思います。
でも、そのとき私は自分が信用されていない、否定された、と感じました。
母との会話では終始そんな気持ちを感じることが多く、何気ない会話をしていても、いつ母の“攻撃”がくるのか緊張していました。

私は自分の家に窮屈さを感じていて、家から出たくて、大学卒業後の就職先は「寮があること」が条件でした。

親から精神的に自立するためには良かったのかもしれないと思いますが、私は家族とうまくやれないのだから、ましてや他人とはうまくやっていけないだろう、と思っていました。

看護師を志した理由は、事務仕事が苦手なこと、祖父の認知症をみたこと、祖父をみていて親が高齢なのでいずれ介護が必要になるという想定をしたことなどがありますが、「独りでも生きていける経済力をつけたい」と思ったことが大きいです。

私はおかしな人間だから、結婚もできないかもしれない、独りでも生きていけるために看護師になろうと思いました。

今は看護の魅力から看護師の仕事を続けていますが、はじまりはそんな思いで、だからこそ新卒1年目は余計にしんどかったのだと思います。

看護への熱意もなければ、自己肯定感の低さから自分自身に対する自信もありませんでした。



この間の不登校のセミナーで、お子さんについて話す保護者さんに対するモヤモヤは、そんな私の幼少期から青年期までの気持ちが蘇ったからだと思います。
「不登校は人生のとおり道」


もっと子どもを信じてあげてほしい、という気持ちになりましたし、子どもがもっと自分の気持ちを話せたらいいのに、と思いました。
夫に報告をしたら、夫も同じことを第一声で行ったので「このひとと一緒に娘の親になれて良かったな」と思いました


ひとが自分の気持ちを話すためには、自分が受け入れらているという安心感が必要です。

不登校の保護者の方はお子さんが不登校なことで「自分の不安」と、「不登校=恥ずかしく、悪いこと」という思いに取り憑かれているように感じました。

でも、娘を見ていても思うのですが、不登校の間、子どもはずっと、自分なりに考えています。


不登校のセミナーのなかで、最初から自分の人生をめちゃめちゃにしたいと思っているひとはいないということを講師であるTOB塾の代表の方がお話されたのですが、本当にそうだと思うのです。
TOB塾HP


多分、学校に通っている子以上に、不登校の子は自分自身や将来について考えています。

そんな不登校の子を否定してほしくないと思います。
不安は伝染します。

そして、子どもは親が思っている以上に親のことが好きで、親に認めてもらいたいと思っています。

今不登校や子育てに悩んでおられる方は、「その不安は誰のためで、何のためか」について一度振り返ってみていただきたいな、と思います
偉そうに聞こえたらすみません
私も紆余曲折あり、今の気持ちになっています。



昨日、娘と「将来どんなひとになりたいか」という話をしました。
すると、「ひとりでも生きていけるひとになりたい」と娘は答えました。

一瞬私の思春期の気持ちに重なり、「ひとりってどういうこと?」と聞いてみました。

“料理を作れたり、自分で自分のことができるひと”だと娘は答えました。

なんて健全で、なんてしっかりしてるんだろう、とちょっと感動しましたニコニコ

昨日、娘が私の仕事中にひとりで作ったスコーンです。

仕事中に娘からクイズがLINEで送られてきました。
まずはこの写真がきて、「何を作るでしょう?」と送られてきました。

仕事中だったので見れなかったら、しびれをきらしたのか答えも30分後には送られてきていました爆笑

娘からLINEをもらい、帰宅するのが楽しみでした

自分で将来を見据えられ、親にこんな幸せをくれる娘が「学校に行っていないからダメな人間になる」なんて、私には思えません。



西原理恵子さんの思考は面白いし私には共感できるものなのですが、娘にはまだ早いからもう少し娘の考えが育ってから読ませてみようと思っていたのですが、そろそろ勧めてみてもいいのかな、と思いましたニコニコ

そして、どんどん進化していく娘の良き相談相手になれるように、私自身もアップデートする必要があるな、と思い、それに必要なのは“傾聴”だと思いました。

元々関心がある箱庭について書かれている箱庭療法士さんがちょうど休みの日にセミナーの参加者募集されていて、運命キラキラキラキラと思い、参加申し込みさせていただきました


下矢印下矢印下矢印
まずはじめに。

またしても遅刻しました
なかむ〜さん、本当にすみません…えーん

最近、自分が“ADHDの注意欠陥型”だな、と確信を深めてきています…。
今朝も5時起きで、楽しみにしていて、運行経路も調べていて、いつもギリギリになるから、30分以上の余裕を持って行動していたんです。

会場についたとき、10時15分。
15分前行動なんて、私やるやんキラキラキラキラと、思ってたら、10時開始だったんです…ゲロー
何回か確認するなかで、覚え間違えたんだと思いますえーん

ずっと自分のことを「うっかりしてる」と思っていましたが、最近加齢の影響か、頑張ることをやめたからか、うっかりが過ぎると思うことが増えてきました。

日常生活に支障がでる面があって、違うとしても同じような感じの行動をしているので、ADHDについて詳しく調べ、対処法を学ぼうと心に誓いました…。

帰り際、慌ただしかったのもありますが、会費を払い忘れるし左矢印左矢印左矢印
なかむ〜さん、重ね重ね申し訳ありません…えーんえーんえーん


そんなイケてないスタートの切り方で、すでにお一人お話されているなか部屋に入らせていただいたのですが、皆さま優しく受け止めてくださいましたキラキラキラキラキラキラ



私が着座したとき、「お母さん大嫌い」というワードと、「嫌いなんだな、マル。」というワードが耳に飛び込んできました。


以前占いをしてもらったとき、良いとか悪いというジャッジメントを手放すということについてアドバイスを受けたことがあります。
かなり、ダメ出しに近い感じで言われたので、胸に刻まれました。ワザとそのくらいの言い方をされたのかな、と今は思いますが、当時は泣きました(笑)

この。(マル)というワードは自分にとって、とても大切な考え方だと思います。


HSPであり、深く深く処理してしまい、相手との境界線が弱い私は、「なぜ」という部分に着目してしまいます。

なぜそのひとはそんなことを言うのか、なぜそんなことをするのか。

感覚が鋭いので、その推測は合っていることも多いのですが、自分との違いが著しい場合、なぜそんなことをするのか信じられないという怒りや悲しみに形を変えることが多々ありました。


でも、そこは掘り下げなくていいのだと、ここ数年で気付きました。

「私とそのひとは違う」と境界線を引くことができるようになったからです。

私が自由に考えるように、他の人も自由に考えていい。
合ってるとか、間違えているとか、考えなくていい。
ただ、「違う」という事実を受け取るだけでいいと気付いたからです。


ここで大切なのは、受け入れるでも、受け止めるでもなく、受け取るなのだと今日のシェア会で教えていただき、ハッとしました。

「受け入れる」は、相手の意見を受け入れ、自分がその形に合わせること。自分を変えるということです。

「受け止める」は、相手の気持ちを“止める”こと。その結果、流れを止めてしまい、自分も相手もその場やその感情に留まり続けるということ。

だから、ただ、「受け取る」。
なるほどなあ、と思いました。



また、コーチングの概念で、コーチングは感情は扱わない。事実だけを扱うということも大きな気付きでした。

誰かの様子を見て、「眠いのかな?」と思います。
でも事実は本人にしかわかりません。

もしかしたら体調が悪くてしんどいのかもしれません。

そこに自分のフィルターがかかって「眠い」と判断してしまうのは、事実ではないのです。


気持ちは形にして見えません。
でも、自分が何を考えているのか、ということに焦点をあて、そこをクリアにして、「自分(相手)はこう思っているんだ、と明らかにしたとき、“事実”として扱える」という言葉に、なるほど〜ポーンと、思いました。


形としてクリアになれば、どう進めばいいのかが見えてきます。
それがクリアリングなんだと深く理解できました。
娘の不登校で知らずクリアリングをしていたので、理解しやすかったのだと思います。

他の人のお話を聞き、クリアになっていく過程を知り、それを共有することで、クリアリングという感覚の理解を深める。
だからシェア会なんだビックリマークビックリマーク

と、書きながら気付きましたキラキラキラキラキラキラ


私は前回の講座を受けていないので、部外者だし、今回皆さまのお話を聴くだけのつもりでした。

でも、子育ての話や介護の話などを伺ううち、自分のなかからどんどん言葉が溢れてきて、たまらず発言してしまい、「話しすぎた」と思っていました。

時間がないなかにもかかわらず、帰り際に連絡先の交換をさせていただいたのが嬉しかったのですが、他の方のお話が私にとって興味深かったように、他の方にとっても同じだったんだな、と気付きました。



シェアって素晴らしい…キラキラキラキラ
一つの体験が、いくつもの意味になるんだな、と感じます。

感じることに正解、不正解はなくて、受け取るメッセージは同じでなくてもいいんです。

ただ、そのひとにとって、何かしらの意味あるものだった、という“事実”が残るんだな…ビックリマークビックリマークと、気付きました。

やっぱりアウトプットは大切ですねビックリマークビックリマークビックリマーク
今日のシェア会でパラダイムシフトという言葉がなかむ〜さんから出たのですが、今日の1時間のシェア会で、パラダイムシフトを体験できた気がします。

↑wikiより引用させていただきました。


この3年間の色々な学びや娘の不登校を通して、色々な変化が訪れている気がします。

そのとき学んでわかったつもりになっていたことが、ある時繋がるタイミングってあって、それが今なのかな、と感じています



なかむ〜さんは、おきらっくするーむまる。というサークル名で活動されていて、箱庭やコーチング、クリアリングなどをされています。

近いうちにまた遊びに行かせていただきたいな、そしてパラダイムシフトをまた味わいたいな、と思いますニコニコ



他に、今日のシェア会で印象的だった言葉です。
星両親の考え方が違うということで、色んなひとがいると子どもが知るきっかけになる。


星足さず、引かず、聴く”。肯定されているという安心感につながる。


星子どもは親が思っているより大きく育っている。親が小さく扱ってしまうと、子どもは自分を小さい存在だと思ってしまう。だから、子どもが思っているより大きく扱うくらいでちょうどいい。


星自分の気持ちを話すのが苦手なひともいる。そのひとに対しては、“言わないことが許される空間”を一緒に過ごすといい。


星“モチベーション”という言葉は使わない。なぜなら、モチベーションとは、頑張れる段階まで自分をもっていかないといけないから。モチベーションにこだわると、“今の自分”のままでは動き出せなくなる。


星手を出す前に、「他にはない?」という問いかけをする。吐き出すことで、新しいものが入りやすい。蓋をしている感情を吐き出すことで、その奥にある感情が出てくることもある。


星ひとはそれぞれ、生まれながらにしてもっているものがある。導かなくても、虐待など人格を歪める行為がなければちゃんと育っていける。


滞在時間1時間半ほどで、午後からはPTAの仕事があったので、会場の箕面からとんぼ帰りでしたが、行って良かったなあ、と思います爆笑

なかむ〜さんは、明るく、押しつけがましさが一切ないにもかかわらず、力強くてポジティブな雰囲気な方でした。

“コーチング”自体が、講師と生徒という上下関係というよりは、寄り添う横ならびの関係であるという概念は知っていたのですが、なかむ〜さんはそれをそのまま体現されているような方で、コーチングにも更に興味が湧きましたおねがい

また、なかむ〜さんに会いに行きたいと思いますラブラブラブラブ


今から娘とお出かけしてきますニコニコ
それでは、またニコニコ音譜音譜