彼を「見つけた」と思ってから、毎日に近く電話をした。
長電話をして笑った。
「付き合って欲しい」と言われて、すぐに返事をせず
「考えたい」
なんて私らしくない駆け引きまでなんとなくやってみたりして、OKの返事をだした。
新くんは一人暮しで私より3歳年上だったがとてもしっかりしていた。
私とはまるで正反対の性格だ。
几帳面で綺麗好き、優しくて自分より他人を思いやる事のできる人だった。
初めてセックスをしたとき、1ヶ月程誰ともしていなかったからかとても気持ちが良かったことを覚えている。
最初は、普通の恋人同士になろうと無理をしていた部分があったものの、だんだん安らぎが生まれはじめた。
私は毎日彼の家へ通った。
一緒にご飯を食べて、たまにはお泊りもした。
新くんは3キロ以上離れた私の家まで、毎回自転車で送ってくれた。
そんな中、生理が遅れている事に気づいて妊娠検査薬を薬局で買い、新くんの家のトイレで一人で検査をした。
彼にはまだ言っていない。
16歳の時、あれだけ中で出したのに出来なかった。。。あの時、私は不妊症なんじゃないかと必死で本屋で不妊症についての本を読み漁って泣いて悩んだのを思い出していた。
尿をかけると数秒も待たずに枠にくっきりと陽性の反応がにじみ出た。
妊娠。。。。
枠の中に浮き出た真っ赤な線を見つめながら、私は血の気が引いていく。
嬉しいとか嬉しくないとか以前に私は怖くなった。
どうしよう。。。
新くんは安らげるけどあの頃みたいに「結婚したい」とか「子供だけでもほしい」とか情熱的には好きではなかった。
事実だと認めたくなかった。夢であって欲しい。
何回もトイレの電球を見上げた。
私は、呆然としたまま彼の帰りを待った。
「ただいま」
と言う声と同時に私は検査薬を見せながら助けを求める目で新くんに問い掛けた
「どうしよう。。。」
彼はびっくりして黙ってしまった。
まだ付き合って2ヶ月くらいしか経っていない。
やったーなんて喜ぶ方がおかしい。
結局その日は結論はでなかった。
電話で何回も話しあい、新くんは
「産もう」
と言ってくれた。でも、私は自信がなかった。まだ子供はいらなかった。
「俺の両親に会いに実家の静岡に一緒に行こう」
と彼は何処までも誠実で優しかった。
私は彼と一緒に静岡に行った。
とても綺麗で優しいお母さんと海好きなお父さん。
とても素敵な両親だった。
新くんの優しい人柄がお母さん譲りなことも分かったし、静岡は自然がたくさんあって気持ちが良かった。
東京に戻って病院に行くと
先生は「おめでたです」とは言わずに
「んー、どうするの?ちゃんと真剣に考えるんだよ。」
と言った。
考えてる間にお腹の赤ちゃんはどんどん大きくなる。
つわりが初まり、ご飯を作っていても味がわからない。彼は一生懸命私を支えてくれた。
学校も休みがちになった。
産みたい、でも親になんて言えばいい?
産んで、母みたいになって私のように寂しい思いをさせたくない。
私が母と同じ態度をとってしまったらどうしよう。。。。
少しだけでたお腹を鏡に写してみた。
私の母はキャリアウーマンタイプの女性で、いつも家にいなかった。
朝ご飯も作ってもらった記憶がないし、お弁当もいつも自分で作っていた。
母は一人娘の私より自分の方がいつも大切な人で、新しい物や服も全部自分優先だった。
「大切にされている」
と感じた記憶も抱きしめられた記憶もなかった。
私は母に愛されたいと思うことさえ諦めている子供だったのだ。
私は最後に一人で病院へ行った。
待合室にいる大きいお腹のお母さん。
16歳の頃の私は死んでもいいくらいあのお腹に憧れていた。
「椿さん、どうぞ」
と私の名前が呼ばれた。
診察室に入ると台の上に寝かせられエコーで赤ちゃんを見せられた。
「どうするか決めましたか?赤ちゃんだいぶ大きくなってきてるからもし、堕胎するなら1週間以内にしないと間に合わないよ。。。。
もう、堕胎の時は一日入院しないといけないから。。。。ね?」
先生の話を何となく聞きながら私の目はカルテにクリップ止めされている赤ちゃんのエコー写真にくぎ付けだった。
「じゃあ、なるべく早めに決断してね。。。。」
と言われ診察が終わり
「はい」
と行って病室を出る時、私の体が自然にそれを拒否した。
「せっ先生!その。。。そのエコーの写真、私の赤ちゃんの写真もらえませんか?!」
それは、自分とは思えないほど必死な声だった。