今日、とめた場所とは違う場所に、自転車を取りに行ってしまった。
もちろん自転車はなく、どこにとめたか思い出すのに数分かかった。
普段使わない場所だったし
このところ続く雨のせいで、自転車を
駐輪場に置き去りにしたまま一週間くらい経過していたせいだ。
あと
私にはいつもの場所、がないせいだ。いろんなところに、気分で置くからだ。
・・・そう思わないと、救われない。
5日でこれだから
きっと
10日経ったらもう場所を思い出せないかもしれない。
もはや、自転車の存在を忘れてしまうかもしれない。
こうやって忘れた自転車が、過去にあったかもしれない。
でも忘れてしまっているから、真実は闇の中。
何カ月か前、
(もしかしたらひと月経ってないかも)
とある映画を、DVDで観賞。
10人の被験者に、各々の子供時代の写真を10枚見せ、それについて語ってもらう。
うち8人は楽しい思い出を、それぞれの写真について、なんなく語る。
うち2人は、記憶にない、と1枚を否定。
実は
10枚中1枚は、合成による、作られた思い出の写真。
8人は、まるでそういった過去が自分の中にあるように
父と、母と、車で、などと
楽しげに
なんの疑いもなく
語る。
1枚について、思い出せないと答えた残り2人に
「本当に?」と聞けば
「思い出した」と
その写真について、語りだした。
ありもしない過去を、無意識に作り。
記憶は生き物だ。
成長もするし、死ぬこともある。
記憶は、現実ではない。
・・・だいたいこんな感じだったかな。
とにかくそんな場面が出てきて、
今日それをふいに思い出した。
そして。
私、本当に自転車持ってたっけ?
欲しいな、欲しいな、と思っていて、いつしか
持っていると思い込んでしまって・・・
ってことはないか?
妄想しすぎると
現実との境界線が
徐々に曖昧になっていく、っていうし。
忘れたい記憶、自分の頭の許容範囲を超えるような体験を
脳が勝手に削除してしまうこともある、っていうし。
いろいろ、こわいな。
いやほんとに、毎日現実から目を背けないように
心がけよう。
現実をしっかり見つうめたうえで
受け止めたうえで
夢をみよう。
・・・何だこれ。
そして今、洗濯してから
4時間が経ったことに気がつきました。
忘れていました。
いや待て、本当に洗濯した?
・・・とりあえず疑ってみたけど
この記憶は、合成ではありませんし
しかも数時間前のことですので
洗濯機を回したのは確実です。
再度回して、お風呂に入って、それを干して、
眠りたいなぁ。
再度、忘れて眠ってしまいませんように。