最近は記事もめったに出ないし、ツイッターでは入院したことを告げていたし、何より数年前の記事内容から、ずいぶん怠そうだよなあ、体調悪いのかなと感じていたので、その時が近いんだなと覚悟はしていたんですけど、日経ビジネスのコラムニスト、小田嶋隆さんが亡くなられたそうです。65歳。

 

コラム記事として多くの痺れる内容を残してくださいました。

 

ものの見方を調整してくれるような、

それでいて何かホッとするような内容の記事が多かったような。

自分には大好きなコラムニストなんて他にいないから、確かに自分にとっても損失・喪失です。

 

追悼。

 

2021年11月12日に掲載した「晩年は誰のものでもない」からの再掲記事はこちら。

 

とか言って、自分は彼の著作(コラム集)は一冊、

『超・反知性主義入門』しか買ってないんだよね。

 

何か一節でも紹介できればいいかなと思って

久しぶりに開いてみたけど・・・・・・

 

やっぱり面白いなあ。

なんか、癒されるし。

 

 

 

そう。

 

なんか、癒されるんだよね。。。

 

 

 

でも、今回、内容の一部を紹介(転載)するのはやめとこう。

実際、一部だけだと、うまく伝わらないと思うんだよね。

 

(画像は上の日経ビジネスの追悼記事より)

 

小田嶋氏、「仔羊だけど別に迷ってないよ」とのことのようです。

聖書的視点から見ると、これも意味深ですよね。

 

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あと小田嶋さんとずっと同級生であり、学生時代を通して親しい友達だったという国際基督教大学の名誉教授、東京女子大学学長、神学者の森本あんり先生の寄稿もあった。

 

タイトルは「友達はいつでもスタンド・バイ・ミー」。

 

二人が高校生の頃、建設中で試運転中の都営地下鉄線におりて歩いて行った時の話に触れられているが、その時の森本氏がどういう状況だったのかということは、今回初めて知った。

 

その地下鉄線徒歩事件(?)のことも以前の自分のブログの中でちょっと紹介してたけど、その時頂いた読者からのコメントが『スタンド・バイ・ミ―』みたいだね、ってことだった。

そう、記事タイトルは「友達はいつでもスタンド・バイ・ミー」。

 

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しかし、小田嶋氏の文章、森本氏の文章、この二つのあとに並べて自分のブログのリンクを張るわたしも案外、根っからの”反知性主義者”なのかもしれない。。。

 

 

 

・・・・・・・

 

で、よく偉大な映画監督や俳優が亡くなった時なんかは、小さな名画座とかでは関連映画を1ヵ月ぐらいに渡って放映し続けたりして、亡き人を偲んだりする。

 

よいことだと思う。

 

実際、そういう機会でもなければ、無粋で無教養で芸術を小バカにして生きてきたような自分なぞは、そういう優れた映画を見る機会なんて、絶対に訪れなかっただろうから。

 

なので、今回、小田嶋氏を偲んで本を2冊買った。

しかも古本でなしに、

私らしくもなく。

 

 

 

これを読んで、笑って、考えさせられて、

そして癒されようと思っています。

 

印税は、香典として使ってもらえたら嬉しい。(← そうなれるのか?)

もちろん香典としては少なすぎるけども。

 

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とはいえ、現在のボクには一つ、大きな問題が横たわっている。

 

それは、土日出勤やサービス残業を時にあけすけに、時に暗に要求してくる昭和的に忙しい現職場で働きながら、病みがちな自分(← CS患者)が、どう読書の時間を作るのか。

 

そして食卓の周りに積んでいるだけの「何か役に立つことを取り入れるため」だけに「あさましく」も買っただろうゆうに30冊にのぼる本の中に、更に積まれることになるだろうこれら2冊の本に、自分はこれからどう向き合うのか、いや、どう向き合えるのか、という問題なんですよね。

 

例えばこれらの本、どーすんだよ。。。

 

(散らかっていた本の一部を実際に積んでみた。。。)

 

あのね、写真に写る『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』(仲正昌樹)はJWに満ちる”全体主義”的な雰囲気と”社会悪としての”JWを考える上で参考になるかもと買ったけど、まだ開いてもいないよ。

 

日本でのJW拡大要素を考える上では日本人の国民性を理解しておく必要があるだろうと思って参考にと買ってみた『日本文学史序説 上』(加藤周一)は大ヒットだったけども、まだ序章の「日本文学の特徴について」だけを(3回)読んだだけ。

 

いやね、もちろん、遠藤周作の『沈黙』や、内村鑑三の『余は如何にして基督教徒になりし乎』、三浦綾子の『塩狩峠』『夕あり朝あり』『愛の鬼才―西村久蔵の歩んだ道』『銃口』なんかはとっくに読んだし感動的だったけどもね、こういうのを読んでいるとね、文学だけじゃなくて、東アジアでのキリスト教伝播史の視点からも日本のJWをとらえる必要があるだろうって思っちゃうんだよね。で、まずはその当時の歴史的背景を知りたいという気持ちもあって『東アジアの「近世」』(岸本美緒)を買ったけども、こちらも自分的には大ヒットで、興奮しながらちびちび読んでいるけど、まだ半分にも到達しないよ。薄い本なのに。

 

加えてJWを日本から考える上でこいつは外せない、『近現代日本とエホバの証人 その歴史的展開』(山口瑞穂)はまだ読み始めたばかり・・・。先行研究と参考文献がたくさん挙げられているけど、とってもありがたいな。(読み切れないけどさ。。。)

 

またJW組織を考える時に(ディストピア)小説の観点から見るのもすごく興味深いと思うんで最近自分は数冊の小説を読んでいる。実際たぶん、ジョージ・オーウェルの『動物農場』や『1984年』はやがてハルキの『1Q84』に続く訳なんだし、この「ディストピア小説」という視点からJWを考えるって、面白いんじゃないか? で、他にもオルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』、レイ・ブラッドベリ『華氏451度』も、それぞれ何かJWを彷彿とさせる(と同時に現代日本を彷彿とさせる)内容を含むけども、そうなると今度は背景知識としてのロシア革命は外せなくなってくるから『ロシア革命史入門』(広瀬隆)ぐらいは読んでおきたいと思って買ったんだけど、こちらもまだ開いてもいない。もちろんウクライナ戦争もあるから、読んでおこうと思ってるんだけどね。

 

え? 『裏切りと陰謀の中国共産党検討100年史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(遠藤誉)は、さすがにJW論考と関係ないだろうって? いやいや、これだってJW理解と無関係ではないのよ、私の中では。というのは「党を中心とした組織」と「塔を中心とした組織」、どちらも独裁政権でしょ? ま、この話題、書き始めると長くなるし、自分でもなに書いてるんだかわかんなくなるだろうからやめておこう。ま、半分以上は趣味で買ったんだけど。(笑)

 

あと言うまでもなく、『読むだけで世界地図が頭に入る本』(井田仁康)もJWの世界宣教を統計面から考える上での背景知識を知っておきたいから買った訳だけどさ。ね、

 

 

 

で、いつ読むんだよ?

 

どーすんだよ。

 

 

 

はあ。。。。

 

 

 

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まずはやっぱり、小田嶋氏のコラム集を読んで、

癒される必要があるかな。

 

あと、つまんないブログを長時間かけて書くとか、

やめた方がいいのかもしれない。(笑)

 

 

 

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関係ないけど、大好きだったブロガーさん(数年前に全削除)の本は、まだ買ってない。

文体や視点がなんだか似てて、どっちも好きだったんだけどな。

 

 

学びきれてはないけど、どちらからも大事なものを教えてもらったような気がします。

 

 

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ああ。

 

種は実を、

 

結ぶのだろうか。

 

 

 

 

 

 

結論。

言いたかったことは・・・・・・

 

 

追悼、小田嶋氏。

 

そして、どうもありがとう。

 

 

 

 

 

(記事の終わり)