仕事で伺っている老人ホームのご入居者様とレッスンの前にお話しをしていたら、
ご実家は近隣の神社とのことで、
何となく、仕事の前にそちらでお参りする習慣ができた。
この辺りは都内ではあるが
巨大な公園があり、
その公園の坂道の上あたりにある。
緑が豊かでバスでその勾配を登ると、
どこか観光にでも行っているかの気分になる。
神社は山の上に立っていた。
ベンチに座っていると、風が爽やかに抜けていき、
この辺りが山を切り開いた住宅街であり、
神社は山の一番上にあることがよくわかる。
そのご入居者様は毎回私のレッスンに
一番最初に来てくれている。
いつも体調を伺うと、毎回リュウマチが痛いけれど、
病院ではこれ以上は治らないと言われているらしく、
しょうがないの、とお話ししてくれる。
一度、実家から離れていて、とても寂しい、
何で離れなければならないのだろう、とお話ししてくれた。
この辺りは多分、少し前までご実家の神社のもので、
いわばこのホームもご実家の神社の敷地内に建てられていると変わりなく思える、
と思ったので、そうお伝えした。
神社の道を挟んで、マンションがあり、その向こうはもうホームだ。
急な坂なので、車椅子のご入居者様は一人で神社に行くことは難しくなっていて、
その気持ちからすると確かに決して近くはなく、寂しく感じる。
でも歩ければ、お隣なのだ。
昔は神社しかなかったであろう山に、
今はマンションや戸建が沢山立ち並んでいる。
神社のベンチで今日のワークブックレッスン285
今日、私の聖性は明るくはっきりと輝く
を聞きながら、
私も実家の神から随分離れていて、
自分が隔てた建物が沢山ありすぎ、神など忘れてしまい、
コースをやってもよく忘れ、
苛立ったり、寂しく感じたりしている。
だから、自分の神聖さを思い出せばいいだけなんだなと思った。
