そのお店はザ・日本の居酒屋という雰囲気で、若い大将が張り切った声を出して注文を聞く、こじんまりとした立ち飲み屋だった。客同士の背中がくっ付いてしまうんじゃないかというくらい、人で賑わっており外まで声が響いていた。午後21時を回った頃だった。
暖簾をくぐって二人、というと大将はそこね、と言った先は扉の隣にあるこじんまりとした二人テーブル。客の出入りがある度に冷たく乾いた風がつま先から背中へと昇ってくる。代わろうか、と彼は言ったけどううん、良いと何故か嘘を言ってしまったから、もう後戻りはできなかった。ビールを二杯と刺身盛りとどて煮を頼むと就職先の話になり、私が二社で悩んでいたことに対して「決まった?」と一言。
「うん、やっぱりあっちにする。」
ちょうど二日目に決めたことで、あっち、の方は彼の大学から近く、彼は六年制なのでまだ就職は先のことだった。
「そっか。いいね、決まってよかった。」
少し頷いて、前まであんなに悩んでいたのに、と驚いたように目を大きくさせている。
「でもね、大学近いからといって私は会わないし、待たなくていいからね。」
「わかってるし、僕は待ったりなんてしない。待つような優しさを、そういった類の優しさを持ち合わせていないよ。残念ながら。」
悪戯っぽく、上目遣いで私に言う。まだ割っていない割り箸を、右手で持って、皿の上に綺麗に置き直す。
「うん。それでいい、それがいい。私は君のそういう所が好きだし、君の優しさはそういう薄い上部のものじゃない。」
本心だし、本心からだとわかって欲しくて真面目な顔(ができていたかはわからないけれど)で答えた。
「君とは、優しさの価値観が一緒だね。価値観はいろいろな種類の価値観があって、よく価値観が似てないととかいうけど、優しさの価値観が合うのはすごく嬉しい。そこが一緒だから、好きなんだと思う。」
この人の言葉は、木造の家の中で、少しひんやりとした空気の中暖炉の前で温まる、その時の暖かさがある。私も好きだなあと、また背中に当たった冷気を感じながら呟いた夜だった。