桃千代日記

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猫と日常と独り言

桃千代日記


はじめまして。桃千代と申します。

こちらは、のんびりマイペースで、日常のこと、思い出話、
飼っている猫たちのことなどを綴ってゆくブログになると思います。
普通の主婦が独り言をつぶやくような、隠れ家的なブログです。

アメンバーの申請は、ブログやピグなどでお話をさせていただいた方に限らせていただいております。
また、こちらのブログは、他所ブログで書いた記事を引越しさせて作っております。
そのため、レイアウト等いろいろとお見苦しい点があるかもしれませんが、ご容赦ください。


    『X・Twittr:桃千代』 
    『Instagram:桃千代』 

 

今年の梅が届きました。

梅干しを漬ける用なのだけど、どうかな…あと一日、二日くらい追熟した方がいいかな?

あまり固いうちに漬けると梅酢が上がりにくいし…。

でももう良い香りもするし、大丈夫かな?

 

 

 

今年の和歌山の梅は、去年に引き続き雹の被害が大きかったようで、

いつも買っていた梅農家さんの梅は手に入らなかった。

来年は豊作になるといいなぁ…。

梅の農家さんも人手不足とか、異常気象とかでここしばらくはご苦労が多いみたいですね。

紀州の梅は本当に品質が良いから、これからも農家さんにはがんばってほしいです。

 

どちらにしても、アドベンチャーワールドのパンダさんたちがいてくれる週末までの間に、漬けようと思います。

梅干しとか梅酒のように長く持つものは、「あの時、こんな環境の中で漬けたなぁ」という思い出と共にあるのですよね。

うちには、「グレースと一緒に漬けた梅酒」とか、「クロと、クリスと一緒に漬けた梅干し」とか、そんな思い出と共にある梅仕事の年がいくつもあります。

一緒に、といっても梅仕事をしている隣で猫が見ていたとか、そんなことなんですけどね。

 

この季節にいつも思い出すのですが、初めて梅干しを漬けたら、その後、3年続けて漬けると縁起が良い、と聞きますよね。

自分で梅干しを漬けるようになって感じるのは、やはり梅の熟し具合を見ながらいつ漬けるか考えて、漬けたら毎日梅酢の上がり具合や梅の様子を見て、夏になったら天気予報とにらめっこしながら土用干しの日を決める…三日間くらいは晴れる日を選ばなきゃいけないし、これらは全部自分に時間の余裕がないとできないことで。

自分と家族が、平穏な生活を送れているという目安でもあるのかもしれませんね。

 

猫達の写真に、「今年も梅仕事がはじまるよ」と話しかけて、パンダさんたちに「あなたたちの故郷の和歌山の梅を漬けるね」と話しかけて、今年も大切に梅仕事をしようと思います。

 

 

 

 

 

今まであまりブログやSNSでは書いてきませんでしたが、私はアドベンチャーワールドが大好きです。

アドベンチャーワールドは、和歌山の白浜にある動物園、水族館、サファリ、遊園地を含むテーマパークで、そこには30年前からファミリーのパンダたちが暮らしてきました。

そして、今年の6月28日、今いる4頭のパンダ達が中国に返還されることが決まっています。

 

 

 

 

 

初めて訪れたのは、もう20数年前のこと。

 

今は「浜家」として大きなファミリーを築いたアドベンのパンダたちですが、その時は、後に「お父さんパンダ」して大きな足跡を残す永明さんがたった一頭で暮らしていました。

 

私はここにパンダがいるということも、どんなパンダかということもよく知らず、ただ長い長い距離を(当時は高速も全部通ってなかったので)車で移動して疲労困憊で(乗ってただけだけど)、しかも確か天気もあまり良くなかった記憶があり、せっかくの広大なパークを十分楽しめることなく過ぎてしまった記憶があります。

 

それでも、その時に見たパンダ…中国から2歳になる前に来日して、ペアとなるはずだった蓉浜ちゃんがなくなってしまい、一人ぼっちで暮らしていた永明さんの不思議な魅力はずっと忘れませんでした。

永明さんは、その時、結露に曇るガラスの向こうの室内運動場にいました。

思わず「これ、本当にパンダ?」と感じたほど、コロコロしたイメージのイラストやぬいぐるみのパンダとは印象の違う長い手足、ゆったりと歩く時の腕のしなるような動き、座って竹を食べる時に不思議な動きをした後ろ足、そしてなぜか「とても寂しそう…」と感じた静かな横顔。

永明、という名前も、同じ漢字を二つ重ねるものだと思っていたパンダの名前とは違っていて、でもとても悠然としたおおらかな良い名前だと思いました。

それでも、あまりに当時の私には和歌山は遠く感じたため、そのまま20数年の間訪れることはありませんでした。

 

 

(写真は、2018年の永明さん)

 

 

再び訪れるきっかけになったのは、今回、お母さんパンダ良浜、姉の8歳の結浜、4歳の楓浜と一緒に、6月28日に中国に返還されることになっている、6歳の彩浜の誕生でした。

今までのアドベンチャーワールドで生まれた子供たちの中で、一番小さく生まれた彩浜ちゃんのニュースを見た時から、心配で気になって…毎日、公式SNSで発表される赤ちゃんの様子を固唾を飲んで見守って…ようやく落ち着いて一般公開できるほどになった時、私の中で「とても遠くて行くのは大変だけど、この赤ちゃんを一目見たい」という気持ちが沸き上がってきました。

そして、訪れたのが2018年の年末のこと。

彩浜ちゃんは生後4か月くらいだったでしょうか。

 

 

 

 

 

お母さんの良浜ちゃんに抱かれてもぞもぞ動く白と黒の丸いモフモフは、ニュースで見た時の痩せてか弱い薄桃色の小さな命から、すっかり元気で可愛い赤ちゃんパンダになっていました。

 

それから、何度ここに通ったのか分かりません。

負担だった距離も、いつの間にか高速が通ってずいぶん改善されていて、充分日帰りができるようになっていました。

年間パスポートを買って、白浜の美味しいお店や素敵な温泉や景色の良い場所も覚えて、その頃は6頭の大所帯だった浜家…永明・良浜・桜浜、桃浜、結浜、そしてやがて彩浜と名前がついたあの子…2年後には妹の楓浜ちゃんも生まれて、せっせと通ってはそれぞれの個性や性格を覚えて愛着を感じて…とても楽しい6年間を過ごしました。

 

 

 

 

  (20数年ぶりに再開した時の永明さん…パンダ柄のベンチと間違えました。いやマジで)

 

 

昔、なんだかとても「寂しそう…」と感じた永明さんが、再会した時にはとてものんびりと穏やかな表情に見えて、

それはもしかしたら、あれから伴侶に恵まれ大きな家族を作り、この場所で大切にされて長年過ごした日々の安心感からくるものなのかな…と感じました。

パンダは単独行動の動物だというけれど、ただ野生の本能にだけ従って生きていれば幸せというものでもないのかもしれない…永明さんを見ていると、そんなことを感じることがよくありました。

 

 

 

 

 

 

         小さな小さな彩ちゃん。何時間見ても飽きませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ママとお庭でたくさん遊んだね。

 

 

2025年6月18日で、彩浜ちゃんは 2500日齢だったそうです。

今日で、2501日目。

2501日、ずっと彩浜ちゃんのことを思ってきました。

もちろん、他の浜家のパンダさん達のことも。


 

2年前に、永明さん、桜浜桃浜の姉妹が返還された時にもとても寂しくて、そして1月に永明さんが中国で天寿を全うしたと聞いた時もとても悲しくて、でも、今回の全頭返還は今までとは寂しさの種類が違う気がします。

あの場所が、あの時間が失われてしまうのがとても辛くて…。

 

すぐに会える距離ではなくなってしまうけれど。

そして、あの気候の良い緑の鮮やかな、たくさんの命が穏やかに暮らすあの場所で、煩わされることもなく何時間でもパンダたちを見つめていられたあの場所から、白黒の魅力的な姿がいなくなってしまうのはとても寂しいけれど。

それでもきっと、あの子たちはどこにいても大切にされて暮らしていけると信じています。

 

その日まで、あと10日を切りました。

また、最近会いに行った時の写真などをアップしたいと思います。

 

 

 

 

今日は、2年前に保護施設でミントと初めて面会した日です。

 

小雨の降る一日で、施設のお庭の緑が雨に濡れて鮮やかだったのを覚えています。

16年前にクリスが卒業した施設でもあるのですが、その頃は山の中の小屋だった施設も今は移転して大きくてきれいな建物になっていました。

あらかじめ施設のサイトの写真を見て「この子と面会させてください」と予約していましたが、キャリーに入って運ばれてきたミントは、とても心細そうに鳴いてきょろきょろして、キャリーから出されそうになると足を踏ん張って拒否、出されてもすぐに戻ってしまいました。

サイトの写真の印象からするとずいぶん大きくて、最初は痩せてたのにここに来て数か月で急激に太ったと聞かされました。

(正直、キャリーから、ずるり、と出された時には、頭の小ささに比べて首から下がどんどん太く広がってるのが見えて「カオナシみたい…」と思いました(笑))

 

面会した時の動画があるのですが、ブログには動画が貼れないみたいなのでインスタにアップしてます。↓

Instagram-桃千代

 

これで見るとそんなに太くないように見えますが、実際は太かったですねぇ…。

うちに来てからダイエットしましたが、適正体重になるまでけっこう時間がかかりました。

かなり食事量を絞らないと痩せなくて、食べた以上に太る体質みたいで、なのに最初は痩せていたというのは、施設に来るまではどんなお家の子だったのかなぁ…と考えてしまいますね。

 

ともあれ、今はまぁまぁ幸せに過ごしてくれていると思います。

 

 

パパに首筋をカキカキされてうっとりの図♪

 

 

 

今でも食欲が旺盛すぎて、私がミントの写真を撮ろうとスマホやカメラを向けると、

「ぼくに注目してる! ゴハンおねだりのチャンス!」と思うらしく、

こちらに突進してくるので、なかなかちゃんとした写真が撮れないミントです。

こういうところ、先輩猫のクロに似てて懐かしく思い出しますね。

 

 

 

 

 

 

なので、ミントの写真といえば、こういう背景に生活感があふれてる写真しかなかったり…(涙)。

タオルのかけ方がだらしないですが、見逃してくださいね。

 

ミルクとの仲は相変わらずで、たまに部屋で一緒にしても…

 

 

 

 

ミント「お姉たまの顔色をうかがう僕よ…」

 

 

 

 

 

 

ミント「お姉たま…ひとつ前のブログ記事と同じ顔よ…」

 

ミルク「ねぇママ、コイツ、ぶちくらしていい? シャーーーーーッッッ!!」

 

 

 

まぁ、まだまだこんな感じです。

でも喧嘩になることもなく、ミルクが怒ってもミントは大人しくしてるので、これはこれでバランスが取れてるのかもしれないと思います。

 

今は夫がほぼリモートワークなので、猫たちそれぞれに人間が一人ついている感じで過ごしていて(仕事中の夫にミント、私はミルクと一緒に別部屋で過ごしています)、たまに猫たちを同じ部屋にして様子を見ています。

 

今日が初めて会った記念日、二週間ほどしたら我が家に仲間入りした記念日がきます。

これからも元気で、お姉様に逆らわないよう(笑)、楽しく過ごしてね、ミント。

 

 

 

 

 

さて、我が家にミントが来て、1年10か月ほどたつわけですが…。

 

時々、リビングで一緒の時間を過ごすようにしてるのですが、

やっぱりミルクはミントに厳しいですねぇ…。

 

 

 

ミント

「お姉たま…お近づきになりたいけど、目を合わせたら怒られるかも……」

 

ミルク

「寄るな小僧!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミント

「あの…ちょっとだけ、お顔を見合わせてスキンシップを……」

 

ミルク

「なんちや、きさん!! ぶちくらすぞ!! シャーーーーっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミント

「目を合わせちゃダメだ…目を合わせちゃダメだ…目を……」

 

ミルク

「ケッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミント

「お姉たま……どうして激怒すると北九州弁になるのかな……」

 

 

 

それはママ(私)が北九州出身だから?(笑)

 

ちなみに、上のミルクのセリフを訳すと「なんだと貴様、ぶっとばすぞ!」です(笑)。

 

ミルクはいつまでも末娘でお兄さんたちの妹のつもりだから、

弟分ができたなんて納得できないのかもしれませんね。

 

それでも喧嘩になるわけでもなく、明らかに力の強いミントの方が決してミルクに手は出さないので、まぁ、こういう関係なのだと思って見ています。

 

 

…いつまでも、「おばあちゃんの思い出」記事が一番上にあるのもどうかと思って(笑)、

猫記事も書いてみましたよ、と。(笑)

 

 

(追記・この後、ずっと気になっていたレイアウトの崩れた古い記事を修正していこうと思います。

もし、そのせいで記事の更新の連絡が頻繁に送られてしまうことがあったら、すみません。

amebaブログも久しぶりに触るので、よく分からなくなってしまって…。

 

昔のYahoo!ブログから引っ越しさせて作った古い記事、

特に、「パパとクロ」のテーマの記事は、すごくレイアウトが崩れているので、

優先的に修正していくつもりです。)

 

 

 

 

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  「 むかし・むかし(思い出のガラクタ入れ)」のテーマ記事は、私がふと思い出した、

   くだらない・アホらしい・ガックリくる、昔の思い出の話を収納しております。

   本当にしょーもない話だったりしますが、ご容赦ください…。

 

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なんとなく思い出っぽい爽やかな空と木々の画像を載せていますが、

それはこれから書く思い出話のしょーもなさを緩和させるためであることを

初めにお断りしておきます…。

 

高齢になった夫婦の身の回りの世話…というような話題を目にすることがあって、

ふと思い出した話なんですが、

あれは私が高校生くらいの時だったかなぁ…実家の近所に母方の祖父母の家があって、私は時々遊びに行ってたんですね。

 

当時、祖母は元気でしたが、祖父は少し体の動きが不自由になりかけていて、トイレや入浴などに手助けが必要になってきていたようでした。

 

で、そんなある日、私が祖父母の家に着いて玄関の戸を開けると…

 

中から、祖母のものすごい大声が響いてきました。

 

 

 

 

祖母「ハイッ! おち○こ持ちなはい!! 

   お○んこ持ちなはい、って言うとるに!

   ハイッ! おち○こ持ちなはいっ!!」 

 

 

 

…伏字にするしかない単語ですが、伏字にしても分かりますよね?

(持ちなはい、は、持ちなさい、の意味です。

 なぜ「ハイッ!」と掛け声がかかるのかは不明…)

 

祖母は、祖父がトイレで「大」をした後のお尻を拭いてあげようとしているのですが、

トイレに座った祖父があまり腰を浮かすことができず、

お尻を拭くためには、その、前でブラブラしてるものが邪魔なので、

「そのブラブラしてるものを自分で持って、持ち上げておけ」と言っているのでした。

 

それは高齢の夫を甲斐甲斐しく世話する奥さんの健気な姿です。

 

ただ問題は、あまりに直接的な表現を、あまりに大声で叫んでいること。

 

そして祖父母のいるトイレは玄関に近く、家のすぐ前は道路で普通に歩行者がいることでした…。

 

 

私は大慌てで玄関の戸をぴったりと閉め、トイレで奮闘している祖父母に駆け寄ったのでした。

 

 

 

私 「おばあちゃん!! 声が外まで響いてるよ! やめて!!」

 

祖母「ああ? 桃ちゃん来たんか。

   おばあちゃん、今忙しいから後で聞くから!

   ハイッ! おじいさん、お○んこ持ちなはいっ! 

   ハイッ!」

 

私 「おばあちゃん! 聞こえてるよ! 外まで聞こえてるよ!

   みんな笑ってるよ!」

 

祖母「桃ちゃん、ちょっと待ってって言うとるに! 

   おばあちゃん忙しいんや!

   ハイッ! おじいさん、おち○こ持ちなはいっ! 

   しっかり持ちなはいっ! ハイッ!」

 

私 「おばあちゃんっっ!! やめてよぉぉぉぉ!!」

 

 

 

その後も、祖母は私に目もくれることなく必死の形相で祖父に呼びかけ続け、

祖父はようやく「しっかり持つ」ことができたようで、

無事に尻ふきの儀式は終わったのでした。

 

そして祖父の服を整え、ようやく一息ついた祖母はにこやかに私を振り返り、

 

 

祖母「ふうー、やっと終わった。…で、桃ちゃん、どうかしたん?」

 

私 「……ううん、もういい。もう終わった……」

 

 

 

…と、このようなことがあったのでした。

あー…懐かしい思い出だなぁ……(棒)

 

 

 

 

ちなみに、祖父母はもうずいぶん前になくなったのですが、

祖母の葬儀の夜、叔父(祖父母の長男)が姪である私にしみじみと、

 

「桃は初孫やし、おばあちゃんに可愛がられていたなぁ。

 おばあちゃんのことで、一番に思い出すことって、どんな思い出や?」

 

と聞いてきまして。

 

 

その瞬間、私の頭に稲妻のように蘇ったのが、

 

 

「ハイッ! おち○こ持ちなはい!!」

 

……でありまして…。

まさか葬式の夜にそんなことは言えないので、一生懸命に記憶をたどって

 

「…えっとー、えーっと…お、お人形さんのお洋服作ってくれたこと…とか…?」

 

などと思い出を絞り出したのでした。

 

 

こんな昔話を、今日はふと思い出したのでした。

 

今になれば、これもまた、良い思い出です。ハイッ