ちょうど3年前位からガーっとハマって追いかけていた、
推し活への気持ちの変化を最近ひしと感じていて。
この変化ってどうして起きたんだろう?とか、
貴重な1つの楽しみが減っていく事に対しての焦りみたいなものも少しあって、
色々考えて辿り着いた自分なりの解釈を綴ってみようかと✍️
🌱 子どもたちが成長してきて
やっぱり、推し活にどっぷりハマってた時期は、
子育てのストレスや日々のプレッシャーとは無縁の居場所が欲しかったのかなぁと。
子供達との怒涛の日々、間違いなく推しに癒されてました🍵
最近は育児の嵐みたいな時期が少し落ち着いて、
“今が愛しくてたまらない感覚”が強くなって、
もちろん以前から子供達が1番大切ではあったけど、
心の優先順位が自然とよりリアルに子供達との家庭に寄ってきたのかなと思う。
💸 推しにお金を注ぎ込むことへの違和感
推しは幸せで裕福で、生活の心配なんてないよね。
その人を支えたい気持ちはあっても、
自分の生活や大事にしたいものを削ってまで投入するのは違うよねって。
上の子がこれからお受験で忙しくなって出費も一気に増えるのを目前に、
すごく冷静になってしまった。
💍 推しもいつか結婚する
“推しの人生は推しの人生”って冷静に見れるようになると、どうしても推し活って
「楽しいけど、感情的な見返りはほぼゼロに近い」
って見えてきてしまった。
でもそれは
“推しに飽きた”とか
“好きじゃなくなった”じゃなくて、
私の人生の幸せが、もっとリアルな方向に太くなってきた、ってことかなって。
🌟 結局、推しは「彩り」であって「軸」ではない
子どもたちや、今そばにいる人たちとの時間って、
この先ずっと自分の人生に残っていく。
推しの存在は素敵な刺激だけど、
人生の土台にはならない。
自分の軸をリアルに置き直せてきた気がする。
今、推しのことは“ゆるっと好き”でいながら、
現実の幸せをしっかり育てていくって、
一番心が疲れないし、一番しあわせな形な気がしてます。