2022年9月8日に母が永眠しました。
この記事は、母と過ごした最後の2週間の記録です。

ガンとの闘病は、ご本人もご家族も不安や迷いが多いと思います。
少しでも心を軽くするお手伝いができればと思い、残すことにしました。
 
当時の私が知りたいと強く感じた、体の変化や痛みへの対応を、できるだけ詳細に記録します。
ですが、個人差が大きい部分ですので、ひとつの形としてお読みいただければ幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。

 

 

9月5日(月)

ブロマゼパムのおかげで痛みはまた落ち着いてくれた。

代わりにほぼ意識がない状態になる。

痛みを抑えるには眠りを深くする以外にないみたいだ。

 

体を横向きにすると痛みが強くなるらしく、そのときだけは表情を歪めて声をだす。

でも、それ以外は呼びかけや音楽にもほぼ反応がない。

今日までに伝えたいことや話したいこと、母にしてあげたいと思っていたことは済ませている。

だから悔いはない。でもやっぱり寂しい。

 

血尿は酷くなる一方で、ほとんど血液になってしまった。

すい臓ガンがどこかに広がっている可能性もあるけど、本人を見る限り苦しんではいない。

 

夕方くらいから痰が喉に絡むようになり、ゼコゼコという音が聞こえ始めた。

苦しそうに見えるけど、本人はそうでもないらしい。

 

 

9月6日(火)

喉の音が酷くなったので、訪看さんに痰を吸引してもらった。

口呼吸が増えたため、鼻カニューラからマスクに変更した。

少し酸素飽和濃度が下がっていたが、マスクに変えたらすぐに良い状態に戻った。

まだまだ呼吸はしっかりしているみたいだ。

血圧や脈も異常はない。

 

血尿は相変わらずほぼ血液で、体を横向きにすると流れてくる。

もう尿ではなく、血が溜まっているのかもしれないと訪看さんが教えてくれた。

 

この状態では車移動の負担で、移動中に亡くなる可能性もあるそうだ。

いよいよその時が近づいてきていると強く感じた。

 

こんな状態で病院に預けることにも抵抗があり、入院はやめることにした。