地図にない村90 | ユークリッド空間の音

地図にない村90

 自説を開陳するほどに、アルフォートは無力感に苛まれた。復讐と制裁に呑まれた幼い子供と、真相を知り自らの命を絶たなければならなかった育ての親を、告発できようとも救うことはできない。ただ自分には語ることしかできないから語っているだけである。
「これですべてだ。犯人は君たちふたりしかあり得ない」
 その果てにアルフォートは最後の通告をした。
 沈黙が訪れる。聞こえてくるのは、轟々と燃え盛る松明の炎の音のみ。
 永遠とも刹那とも取られる時間の果てに、セシルはゆっくりと口を開いた。
「……そうだよ。ケーンさんも、ボルカノさんも、プライムさんもメリーさんも父さんも僕たちが殺したんだ」
「みんな騙してたんだ」ローラが、低く、暗い声で呟いた。「わたしたちふたりのことを、みんなして騙してたのよ。この気持ちがおじさんにはわかるの? 周りにいる人は決して本心を聞かせてはくれない。育ててくれた人も赤の他人。ずっと……ずっと信じてたのに。みんなと幸せに暮らせることを信じてたのに!」
 予期できなかった痛切な訴えが心に突き刺さる。
 幻影だった幸福、地に足を付けていない村人たち、真実を知ってしまい孤高の暗闇に放り出されたふたりの子供、自分たちの居所が感じられない、周りのすべてが信じられない、その思いにどれだけ彼らが胸を痛めたか、あとになって粛々とこの心を覆い尽くしていく。
 しかしアルフォートは語らなければならなかった。
「確かに君たちは村で生まれた人間ではない。グラディスさんも、ガトさんも、本当の親ではない。でも、周りの人たちはいつも本心から君たちのことを愛していた。君たちは村にとってかけがえのない存在だった。本心を隠しているなんてとんでもない。みんなは君たちの出自のことこそ隠そうとしたが、君たちが永遠に依拠できる居場所を作ろうとしていたんだ」
「嘘だ……」セシルは低く呟き、次の瞬間には声を荒げていた。「そんなの嘘だ! みんなただ怖かっただけなんだ。自分たちの罪の重さが怖かっただけなんだ。僕たちの命はみんなの免罪符でしかなかったんだ。僕たちに向けられた優しい視線は後ろめたさの裏返しだったんだよ! みんな……本当に僕たちを愛してはいなかったんだ。ただ植物を育てるように空っぽの心で接してきただけのことなんだ!」
 セシルの頬に涙が流れる。アルフォートは何も言い返すことができず、ただ黙っているしかなかった。
「……教えてあげようか、アルフォートさん」涙で濡れた顔に、セシルは無理やり微笑を作った。「ぼくたち、ずっと昔から夢を見ていたんだ。村でミロさんへの弔いの祭が行われる晩に、決まって同じ夢を見るんだ。暗闇に蹲っている僕たちに天から光が差し伸べられてくる。その光はこう言うんだ。『君たちは誇り高きトプシャム族の末裔だ』『その血を受け継ぎ、いかなりとも弧であり高であらん』『潔きその身ひとつで未踏の地へと赴かん』。……そう、血だよ。この世で何よりも濃いものは、隣人愛でもなく友情でもなく、親子の血なんだ」
 またしても予想していなかった反応に、アルフォートは驚いて声も出なかった。
 セシルたちふたりの生みの親が齎した血が時空を超えてふたりの夢に語り掛けてきたとでもいうのか。そんな超常現象が実際に起こったのか。あるいは……、ふたりがまだトプシャム族で育てられていた極短い時間に聞かされた言葉が深層心理にまで分け入って、今こうして思い出されるに至っているのか。



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