【とある物語の終幕】
0対7
前半で相手にリードを許す。
おかしい……グラウンドの空気がどろりと粘ついて流れていない。
誰も声を張らず、体が半歩遅れて動いている。
『ボケッとすんな!』
ケイジの怒声が、沈んだ空気にひび割れを作った。
ピッ!
『バインディング!』
「まず点を取ろう」
「うん」
3対7。
だが胸に広がるのは安堵じゃない。
どろりとした影は、まだ俺たちの足を絡め取っていた。
俺が行くしかない。俺が、俺がやらなきゃ!
相手フォワードの隙を突き抜け
何本もの手が絡んで来た
邪魔をするな!
瞬間、腕に抱えたボールが跳ね上がる。
相手選手がボールを奪いバックスへ回し
掴んだはずのボールが遠のいていく
クソがっ!
自陣バックスの隙を相手選手が抜ける
ピピーーーー!!
観客席が一瞬ざわめき、スコアボードが書き換わる。
——3対12。
流れが変わらない。相手校の士気が更に高まる。
取り返さなければならない、俺が行くしかない
そして、その時は突然訪れた……。
ブチッ
それは緊張の糸が切れる様な、
積み上げたものが 崩れ落ちる音だった。
『おい!大丈夫か!?』
イイダの声が聞こえた。
俺の左膝に痛みが走っている。
俺……倒れてんだ。何があった?
『立てよ!お前しかいないんだ!』
イイダ……落ち着けって。
『お前が走っていたから!俺たちも走って来たんだ!』
そんなつもりで走ってたんじゃねぇよ。
……でも、やらなきゃな。
立ち上がってみる。
……左膝が、明らかにおかしい。
痛みはない。
なのに、体を支えるはずの膝が、どこか宙に浮いているような。
プレーが再開され、走り出す。
——ズルッ。
左足が外れ落ちそうな、鈍いずれ。
怖ぇ……これ、本当に走れるのか?
『……おそらく内側十字靭帯の損傷ですね、程度は判りかねますが』
ハーフタイムに入り、俺の膝を見たチームドクターが監督に説明する。
周りを囲む仲間たちも静まりかえっていた。
『痛むか?』
監督が聞いてきた。
『いえ、痛みは全くないです、行けます』
判断を委ねたくなかった。
その応えを知りたくなかった。
後半戦開始
ジワジワと蝕んでくるのは痛みではなく
崩れ落ちたものの実感であり絶望感だった。
そんな俺とは裏腹に、みんなの勢いは明らかに増した。
『行くぞぉぉぉ!!』『抜けハヤマァ!』『こっちだぁ!』『タノォ!』
まるで顔付きが変わっている。
お前ら……そんな顔するんだな。
マツカワが抜けた。その瞬間に確信する。
ピーーーー!
10対12
『後1本!行けっぞ!!』
『おおお!』
ケイジの掛け声にフォワードが応える
いつもなら俺が言った様な言葉だ。
センカワ、そしてカサイ、タナカと
次々と相手チームに突き刺さって行く
すかさずケイジがロングパスを放ち
イケダに渡りフェイントを交えて一気に抜ける
行ったな
ピーーーー!
17対12
すげぇな、マジで逆転した
強いんだな、お前ら。
ピピーーーーーーー!
審判の笛が、終わりを告げた。
ドクターに診てもらった俺たち怪我人組だけが、先に駅に着いていた。
トライの際に肋骨を骨折したイケダ、
公式戦初戦から疲労骨折を抱えていたサノ
代表に選ばれた俺たち3人で、まだ来ない仲間たちを待っていたその時——
対戦相手のハーフが、足を引きずりながら近づいてきた。
彼とは俺たち代表組と共に海外で戦った仲間でもある。
「俺は白飯だけあればいい」と言って、一切おかずを食わない。変わった奴だった。
「俺が怪我さえしなかったら、勝ったのは俺たちだった」
相手選手がそう言うと、
「え、うん」サノは戸惑いつつ応え、
イケダは「はぁ?」って顔をしている。
その顔に、思わず吹き出しそうになった。
「俺たちに勝ったんだから、優勝しろよ」
「ありがとう」
そう言って相手選手は右足を引きずりながら去って行った。
「なんだアイツ、やっぱ変わってんな」
イケダを制するようにサノが肩を押し、俺は笑った。
駅と逆方向へ歩いて行ったが……電車に乗るんだろな。
案の定、少しして同じ駅の反対ホームに、離れたところで立っていた。