私たちの乗船した船には中国各地から引き揚げる団体が乗船していました、ですからかなりの人たちが乗っていたと思います,船が日本に近づいたとき,男の人が陸が見えるぞーと叫びました,一斉に皆が船底の円い窓に近寄り外を見ようとしましが私たち子供は窓に届きませんでした,代わり代わりに大人たちは外を見ていましたが,若い女の人が外を見ていたときに突然上から窓の扉が落ちてきておそらく両手の指をなくされたと思います,すぐに治療室に連れて行かれてましたがその後どうなったかは別の団体の人だったのでわかりません。せっかく命からがらここまでたどり着いたのにと悲しい思いをしました。

昭和21年3月21日に長崎の大村港に着きました,港から収容所に行く時にはトラックの荷台に載せられましたが道すがら山は青々として椿の花は咲き乱れ何よりも嬉しかったことは道筋に夏みかんの実がたわわになっていて日本という国はなんて美しい国だろうと思いました、今まで住んでいたところは黄河流域で流れる水も山も皆茶色でした春にはゴビ砂漠から砂塵が飛んできてスカーフをかぶりマスクをしないと生活できないような所でしたから初めて見る日本の美しさにとても嬉しかったことを覚えています。