「何せ20歳の記念すべき誕生日だからな。盛大に祝ってやらなきゃなぁ」


その日、俺たちスーツアクターの大先輩でありながら誰よりも現役バリバリの島さんは、いつも以上に気合いが入っていた。


「島さ〜ん、サバ読むにも程がありますよぉ。20歳って、子どもどころかお孫さんの年齢じゃないっすかぁ」


「サバなんか読んでねぇよ。この『モエモン』は今日でちょうど20歳なんだよ」   


年若い後輩からのヤジに、島さんは胸張って答えていた。


『モエモン』というのは、誕生から現在に至るまで島さんが演じてきた人気キャラクターだ。ボールのように丸っこい体型なのに、いざとなると素早い動きで敵を撹乱させる。小柄で俊敏な動きが得意な島さんならではのキャラクター設定だ。


「主役じゃないが、モエモンは俺にとってのヒーローだ。だから、俺なりに20歳のバースデーを祝ってやりたいんだよ」


並々ならぬキャラクターへの愛と、それを完璧に演じることへの覚悟。それが、スーツアクターのレジェンドとして島さんが一目置かれる理由だ。俺も一緒に演じていて、毎回勉強させてもらっている。


「それじゃ島さん、今日はモエモンのバースデーをみんなで祝いましょうよ」

 

そう言うと、島さんは首を横に振った。


「いや、お前らはいつもどおりでいいんだ。俺もいつもどおり演じるだけ。それが『祝う』ってことだ」


島さんはニコッと笑うと、ステージに上がる準備を始めた。いつか自分も島さんみたいな存在になれるのかな…と思いながら、俺はその背中を見つめていた。


ステージはいつもどおり盛況で、無事にモエモン20歳のバースデーを終えた、はずだった。裏手に戻ってきた島さんは、満足気な表情を浮かべながらもどこか様子がおかしかった。ハアハアと息は切れ、普段よりも大量の汗が流れ落ちていた。声を掛けようとしたその瞬間、島さんは胸を押さえたままその場に倒れ込んだ。そして、そのまま意識が戻ることはなかった。


島さんが亡くなってから1年後、1人の青年がスーツアクターを目指してやってきた。


「演じたい役とかあるの?主役とか悪役とか」


そう聞くと、彼は迷いなくこう言った。


「僕、モエモンをやりたいんです!」 


彼の目は真っ直ぐ俺の方を向いていた。モエモンは、島さんとの付き合いが1番長かった俺が引き継いでいた。間近で見てきた俺でさえ、あのキャラクターを島さんに変わって演じるのはかなり難しいと感じていた。


「モエモン、難しいよ。ヒーローとも悪役ともまったく違う、独特の動きだし。だからこそ、魅力もあるんだけど…」


すると、彼は意外なことを言った。


「大丈夫です。僕、モエモンの息子なんで」


は?


モエモンて、息子いる設定でしたっけ?


俺の目が点になっているのを見て、彼は言葉を続けた。


「すみません、いきなりで。僕、モエモンを演じていた島の息子です。幼い頃に両親は離婚して、父とは一緒に暮らしていなかったんですが、モエモンのステージはずっと見に来ていたんです」


えっ、島さん息子いたんだ。そういえば、島さんとは仕事の話ばかりで家族のこととかプライベートなことは聞いたことなかったな。


「父が最後に演じたモエモンも見てました。あの日は僕の20歳の誕生日で、珍しく父から見に来てと声をかけてもらってたんです。いつもどおり、コミカルでカッコよくてキレッキレのモエモンでした。ステージが終わった後、まだモエモン姿の父から『20歳、おめでとう。俺も同い年だ』って言ってもらいました。まさか、その直後に意識を失うなんて思っても見なかった…」


俺は彼の話を聞きながら、島さんが20年前にモエモン役を引き受けたときに言っていたことを思い出していた。


「この歳で新キャラ演じるって、もう伸びしろしかないよなぁ。こんなチャンスめったにあるもんじゃないし、やってみるか」


あの言葉の裏には、誕生したばかりの息子の未来も見据えていたのか。まさかとは思うが、いつか自分の息子が同じ仕事を選んだときにこのキャラクターを譲るつもりでいたのか。今となってはわからない話だ。


今、俺はいつか彼にモエモンを演じてもらいたいと思っている。ただ、それはもうちょっと先のこと。俺自身、この伸びしろしかないキャラクターの魅力をまだ味わい尽くしてはいないから。