昨夜も遅くまで打合せをして、朝6時には支度を始めた。
前日の天気予報では台風の影響で朝から大荒れと予報だったが嘘のように晴れ渡る青い空になっている。
前日には親族や葬儀屋さんへの連絡は全て完了した。
私と姉が1番頭を悩ませたのは、父親違いの兄に連絡するかどうかだった。
母の戸籍には姉と私だけが実子として載っていた。
兄は生後半年で里親に出され、生き別れていた。
30数年ぶりに母と再会するも数年前には母と喧嘩し疎遠になっていた。
母の死を知り、兄はどう感じるだろうか。
今更、連絡して良いのか?
知らない内に死んでいた。
葬儀にさえ呼ばれない。その方が嫌じゃ無いか?
兄も母と最期のお別れをしたいかもしれない。
来る、来ないは兄が決めれば良い。
悩んだ末に前日の夜22時過ぎに姉から兄へ電話を掛けた。
一般的な葬儀を行えない状況の為、火葬場へ直葬となる。
朝9時には所轄の警察署へ母の遺体を迎えに行く事。
親族には直接斎場へ来て貰う事になっている内容も伝えた。
現在の兄は近隣の市区町村に住んでいるようであった。
兄は仕事を休んで参加する。と即答した。
母の死よりかは妹に会える方に関心がある様子で、特に姉を心配しているようだった。
9時半には斎場へ到着する予定なので遅れないよう念を押して電話を切った。
喪服に着替え着々と準備を進める。
母の棺へ納める品を一つ一つ袋にまとめた。
何度も何度も忘れ物はないかチェックしながら…
時間になり私の家族と姉と車に乗り込み、母の待つ警察署へ向かった。
少し早く到着したが葬儀屋さんの姿が見当たらない。
警察署に入り名前を告げると裏へ続くスロープへ進むよう案内された。
その先には担当刑事さん、葬儀屋さんの姿があった。
ゆっくり歩いてゆくと、外扉が開いた霊安室の中が見えた。
御本仏の元には母の棺が置かれていた。
一礼をして姉と共に近くへ寄る。
葬儀屋さんの手により綺麗に整えられた棺は霊安室から外へと出された。
霊柩車へ乗せる僅かな時間が私達に与えられた。
棺の中は白い着物で母の身体を覆うように掛けられている。
白装束だ。
死に化粧などの湯灌が出来ない母は二重の納体袋に入ったまま、私達が選んだ着物を掛け静かに横たわっていた。
姉は泣きながら『母さん…ごめんね…』そう言いながら、着物の上から何度も何度も母をさすっていた。
持参した品を棺の中へ納める。
上下の下着
愛読していた新聞は当日の最新を入れた
そして冊子、小物類、昨夜用意したお寿司の折は紙皿へ移し替え割り箸も一緒に。
好んで吸っていたタバコ二箱は娘からのプレゼントだ。
マッチも忘れず入れた
好きな果物や銘菓数種類も。
最後に両家の孫たちから花束。
胸元には私達・娘からの花束をそっと置いた。
百合の花の甘い香りが風に乗り、辺り一面に漂っていた。
真っ白だった棺の中は色んな物で賑やかになり、色鮮やかになっていた。
これで少しは華やかに見送れるかな。
最期は出来る限りの事はしてあげたくて、短い時間でかき集めた品々を全て入れ終わると静かに棺の蓋は閉められた。
永遠の別れの時がついにやって来たのだ…
斎場へ向けて親子3人のドライブが始まった。
車中、何でこんな最期になったんだ。
何で…何で…何でなの?
母さんが死んだ頃、私は何をして過ごしていたんだ… 虫の知らせは特に感じなかった。
どうして気付いてあげられ無かったんだろう…
どうして死んだの?母さん
朝の通勤時間からやや外れていた為かスムーズに車は走行し、予定よりも10分程早く斎場へ到着した。
斎場の方が手際良く案内する。
火葬する直前の部屋へ親族一同誘導された。
霊柩車から降ろされた母の棺が運ばれて来た。
斎場の御本仏を前に祈りをささげる。
そして斎場の方からの説明が始まった。
『この後は火葬の為、炉へ降りるエレベーター前で故人様とは最期のお別れになります。』
台車に乗せられた棺がゆっくりと動き出す。
この時、周りを見てもまだ兄の姿が無かった。
母はエレベーター前に到着した。
棺の顔部分の扉が観音開きで開けられていたが、当然死に顔は見れない。
白装束と花だけが見えていた。
もう炉に入ってしまうのに…まだ兄が来ない。
姉に電話を促し、斎場の方へはあと少しだけ待って下さい!兄がもうすぐ近くまで来ているはずなんです!と頼み込む。
兄と電話が繋がり、早く!!と急かした。
斎場の方が走って入口まで兄を迎えに行ってくれた。
やっと姿を見せた兄はうつむきながら、のっそりのっそり肩で風を切りながら歩いて来る。
私はイラつきながら、早く!!走って!!と叫んだ。
きっと母も最期は兄の顔を見たかったんじゃ無いか。
何となく私はそう感じた。
間に合って良かった…
ようやく全員が揃い、炉へ進むエレベーターの中へ母は運ばれた。
『ここでお別れとなります。
お時間は2時間を予定しております。終わりましたら館内アナウンスにてお呼び致しますので…』全ての説明が終わり、別れの瞬間がやって来た。
母の身は焼かれ、骨になってしまう。
私は肩が震え、声を殺して泣いていた。
係の方がエレベーターの扉を閉めるボタンを押した。
エレベーターの鉄の扉は静かな音を立ててゆっくりと閉じてゆく
母の棺が見えなくなる瞬間まで瞬きもせずこの目で最後まで見届けた。
扉が閉まるとエレベーターが降りて行く機械音が 鳴り、ガタンッと炉へ到着した音がかすかに聞こえた。
静かな斎場に『母さんごめんー!!』と姉の泣き叫ぶ声が響いていた。
…どうして
どうしてなの?
母さん教えてよ
何なんこれ
何この最期
何なん…
声も出せずに泣いていた私に娘がそっと寄り添い、腕を組み支えてくれた。