区役所へ到着すると時効は16時30分になろうとしていた。
死亡届の受付窓口で必要書類を提出して何とか本日の受理にギリギリ間に合った。
これで必ず必要な火葬場使用申請書(火葬台帳)と火葬埋葬許可証の準備が揃った。
窓口の担当者から『これでお母様の戸籍簿は消除されます』と告げられた。
その瞬間『あぁ、母さんはもうこの世に存在しない事になるんだな…』
それまで何が何だか訳が分からないと言う気持ちが強かったが、急に現実味を帯びて来た。
2人が揃って動けるうちに手続き関係を終わらせてしまおうと、残り僅かな時間で年金窓口へ急いだ。
障害年金手帳を返そうと思ったが思い留まる。
この残された精神障害者手帳と年金手帳が唯一、母の身分証なのだ。
まだ銀行口座の解約や携帯もろもろの解約手続きをしていない。
そもそも口座の暗証番号が分からない。
口座に残された僅かな現金を引き出し、解約しなくてはならない。
解約に必要な身分証になるのでは…
窓口担当者も『まだ急いで返却しなくても大丈夫ですよ。』と言ってくれたので、ひとまず返却は止めて今日は私の家へ帰る事にした。
区役所へ死亡届が間に合った事と明日の朝9時に葬儀屋さんと共に母を迎えに行きます。と担当刑事さんに電話で報告をした。
刑事さんには警察署の霊安室で葬儀屋さんが母を納棺する時に私達で品物を入れたい旨を相談をしていた。
『こちらとしては構わないのですが…。ただ。
霊安室内に死臭が充満していまして…やはりご遺族には厳しいかと…鼻に臭いが残ってしまったり、着衣にも臭いがついてしまいます。霊安室には入らない方が良いかと…』と言われ『私達の代わりに品物を棺に納めては頂けませんか?』と聞いてみた。
刑事さんは『もちろん良いですよ。霊安室の扉を開けて中を見れるようにします。お2人は作業を見守る方法にしましょうか』と快諾してくれた。
夜になり警察署から受け取った遺品をくまなく見る
レシートには8月19日(金)10時44分と記載がある。
8月19日までは生きていたんだ…
この後に一体何があったんだ?
急に血糖値が上がって意識が無くなり、そのまま旅立ってしまったのか…?
このレシートに記載されている、冷やしとろろそばと納豆巻きが最後の晩餐となったのか?
それともかつ丼が最後の晩餐なのか?
母は長年、自炊はせずにコンビニ弁当や外食・パウチライス等で食事を済ませていた。
もう料理が出来るようなキッチンでは無かったのだ。
自宅に電子レンジの無い母は堅いままのご飯をそのまま食べていたようだった。
私がレンジを買ったるよ。と何度言っても断る。
何度も断られ、私もいつしか言わなくなった。
人間らしい暮らしをして欲しくて、意を決して母の家へゴミ処理をしに数ヶ月行ったのは7年程前だった。
当時、半年近く我が家で母を泊まらせ、夜勤明けの朝5時過ぎから1人で母の家へ行き、ゴミをまとめゴミステーションへ出す作業を数十回と繰り返した。
この時、姉に手伝いに来れないか聞いてみた。
姉は足の手術をしたばかりで動けないと。
じゃあ、家族の誰かを手伝いによこせないのか?と聞くと子供達は学校があるから。と返事が返ってきた
私は『もう良いわ。1人でやるから!』と姉に告げた。
作業中、暗闇から突然剥き出しの包丁が出て来て、あと数センチで私の腹部に刺さりそうになったり、形が変形した中身入りコーラーが出てきたり。
水と洗濯物が入ったまま数年間も放置された洗濯機など。
どれも異様な光景だった。
引っ越しさせようと夜勤明け寝るまでのわずかな時間で母を連れて賃貸物件を何件も周り、新居を探した事もある。
夫に許可を得て、引っ越し費用や保証人もウチがなるから。
そう言っても理由を付けては断るのだ。
老人ホームに申込んだ時も見学をして納得して入居申込みをしたはずなのに。
入居までの待機期間・2、3年の間にいつの間にかキャンセルをしていた。
私はやれる事はやり尽くした。
他に何が出来たのだろうか…?
本当はずっと気になっていた。
何を食べているのか。
温かい手作りのご飯なんて、しばらく食べてないよな…
そう思いながら、私は毎日仕事帰りに母の家のすぐ側を通る国道を車で走っていた。
国道を右折すればすぐに母の家にたどり着くのに…
仕事が終わり、うちへ向かっている娘からLINEが入った。
今夜はウチに泊まるのだ。
『婆ちゃんにタバコ買ってあげたいから銘柄教えて』
レシートを見ながら答える。
そしてまた足りない物が無いかを考えた。
突如、イカのお寿司が頭に浮ぶ。
イカのお寿司は好物だったな…
車を走らせ、少し高めの回転寿司で好きそうなネタが入った折を一つ買って帰った。
着々と準備は進んで行った
しかし、この時に重大なミスをおかす。
棺に納める小銭を思いだしていたのに結果、入れ忘れてしまったのだ。
それに気が付いたのは火葬から3日経過してからとなる。
小銭の意味は三途の川を渡る船代かまたは通行料か何かの意味合いだった気がする。
あの世でもお金に困っているのだろうか…
娘が到着し、この夜は遅くまで3人で色々と話した。
まだ実感が薄い私達姉妹は嫌な過去しか思い出せずに母への愚痴や悪口を言っていた。
するとテーブル上に飾るクリスマスオーナメントの黒い星が突然、大きな音を立てて落ちてきた。
それを見た3人は一瞬黙る。
母さんが居るんだな。
悪口言われて怒っているんだな。
直感で感じた。