9月19日(火)当日


前日に行った専門業者さんとの最終打合せ通りの時刻に作業は開始された。


近郊市内より朝早く現場入りしていた姉から報告の電話があった。
10分休憩中に少し話しをして、順調に開始したと聞き少し安堵した。

私は定時で仕事を終え、その足で急いで現場へ車を走らせた。

前日から台風の影響で大雨警報が出ていたが、まだ小雨程度で済んでいる。
作業が終わるまでは大雨になりませんように…そう願っていた。

現場に着き、姉と合流する。
撤去業者の担当者と大家さんに改めてご挨拶を行った。


車の中で作業を見守る


10名の若い男性達が汗だくになりながら、母の家から次々と手際よく大量のゴミを出して行く。
私と姉はその光景に母親の異常さ病気の深刻さ自分達ではもはやどうにも出来無い状況だったと改めて突き付けられていた。

広さは3DK。
築45年程の古い木造アパートの一室にびっしりと圧縮された様々なゴミが高さ160㎝以上も積み重ねられており、山あり谷ありとなっている。
天井や家具・窓際にはホコリで黒ずんだ蜘蛛の巣があちこちに張り巡らされ、頭上スレスレの所でユラユラと僅かな空気で揺らいでいた。

何故、部屋の詳細を知っているのかと言うと、親族の中で私だけが現場に潜入しゴミの片付けを数ヶ月に渡り1人で行っていたからだ。
今から7年前の話しである。

その時も今回と同じ位の高さはあった。
そこから半分程の高さまでゴミを減らしたが、冬が近付き寒さで思うように動け無いと判断し、一旦作業は中止したのだ。
あの異様さを体感したのは私だけで、姉は何も経験していない。

ゲームでもお馴染みだが、ホラー映画にもなった『サイレント・ヒル』に登場する廃墟に潜入し、たった1人でゴミを仕分けし袋に入れる作業をしているようだった。
臭いも酷く例えようの無い悪臭が部屋全体を覆っていた。
電気も点かない仄暗い部屋
ただならぬ気配を感じ恐怖で発狂しそうになる。
夜勤終わりに1日3時間。
半年近くその作業を続けた。

何の罰ゲームだよ。
私が何をしたと言うのか?
この人を母に産まれてしまった為に何故こんな苦しみを味わう羽目になるのか。
理由がわからない。




年老いた母は何を思いゴミ屋敷から外出し、そしてまたゴミの中へ帰り、眠りについていたのだろうか…


答えを見出せないまま、外に排出されるゴミをずっと見つめていた。

初めは箱や袋に詰められた紙系や服・使用済みおむつ・汚物などが占めていた。
大家さんに事前許可を得て、敷地の一角を臨時のゴミ置き場として利用させて頂いた。
提供された敷地の一角はあっと言う間にゴミ山と化していく。

第一弾のごみ収集車が10時半頃到着した。

容赦なく収集車に飲み込まれて行く母の荷物。
バリバリと大きな音を立てて飲み込んでいた。

この後に及んでも母は怒っているのだろうか?
大事な荷物をゴミ扱いしやがって!と…


作業員の方達にも申し訳無さでいっぱいになった。
大金を払っているから良いでしょ。とはとてもじゃ無いが思えなかった。

激しい雨がまだ降っていないせいか、近くの公園に遊びに来ていた子連れの母親達が立ち止まり、じっと作業風景を眺めていた。

興味本位に見る姿に苛立ちを覚えた。


第一弾の収集車が去った後、怒涛のゴミ出しが始まった。
家具類がメインで続々と運び出される。
中から2層式洗濯機やブラウン管テレビが3台も発掘された。
コイツらは見積額には含まれない目視確認出来なかった代物だ。
ゴミの中に眠っているとは勘付いてはいたが、テレビ3台は多すぎだろっ!と亡き母にツッコミを入れていた。
契約時に業者さんは冷蔵庫と外に置かれていた洗濯機しか目視出来ておらず『見てもいない物の代金を見積りに載せて請求する訳にはいきません。
処理中にリサイクル法で料金が発生する物が出て来た場合には、その分が追加になります。』そのように事前に説明があり、了承済みで契約を交わしている。

実に明朗会計である。

この時点でも感じたが、不幸中の幸いで今回良い清掃業者さんとのご縁があった事に感謝した。

昼前には部屋の中が空になり、本来の空間を取り戻した母の家は空虚な空気を醸し出していた。
20年以上も私達姉妹を苦しめ続けたゴミ屋敷はたったの3時間半程で消え失せたのだ。

第二弾の収集車待ちとなり、来るまでの間は業者さん達の昼休憩となった。
その頃からついに大雨が降り出してしまった。

14時前に2台目の収集車が現場に到着した。
都合良くその前に大雨は止んだ。

部屋から出し切ったゴミが再度、勢いよく収集車に飲み込まれて行く。
木片がバリバリと地面に落ちた。

姉と私は収集車が来る前に近くでゴミを見せて貰った。
古い家具に貼られた年季の入ったプリクラが数枚。
孫と撮ったまだ若き日の母。

私達に遺品はほぼ残されてはいない。
携帯でプリクラを撮影して画像を保存した。

最後のゴミが回収され、運転手の方達に深く頭を下げた。
立ち去るごみ収集車を言葉にならぬ想いで見送った。

清掃業者の担当者の方から見つかったキャッシュカードやハンコ・僅かな金品や財布を説明付きで受け取った。


私達は感謝を述べて深々と頭を下げた。
心の底から『ありがとう』の気持ちを込めて。



そしてお支払いした額は税込66万円+リサイクル料金発生分合わせて合計69万800円。
現金一括払いで支払い終了した。

更なる問題はここからである。

オーナーさんとの現状回復についての話し合いが待っているのである。
山場はここからだと考えると…まだゴールは程遠く感じる。