(口述筆記)
5月10日(日)に1歳の誕生日を迎える孫2号が、一週間早い一升餅(誕生餅)に挑戦、これに完勝した。
涼しい顔で両脇に餅を抱え、座敷を動き回った。
爺は、実に愉快で拍手を送るだけだったが、まるで何かを勝ち取った気分になって嬉しかった。
娘夫婦のプログラムは今回も完璧。楽しませてもらった。
きょうも良い日だ。
(口述筆記)
5月10日(日)に1歳の誕生日を迎える孫2号が、一週間早い一升餅(誕生餅)に挑戦、これに完勝した。
涼しい顔で両脇に餅を抱え、座敷を動き回った。
爺は、実に愉快で拍手を送るだけだったが、まるで何かを勝ち取った気分になって嬉しかった。
娘夫婦のプログラムは今回も完璧。楽しませてもらった。
きょうも良い日だ。
これは口述筆記です。
本人に代わって、連れの仁子(よしこ)が筆記します。
暫く、ブログを体調不良のため更新できずにいましたが、環境が整ったので更新することにしました。
実は、昨年6月3日に大腸がん(横行結腸がん)の診断を受け、7度の入退院とそれにかかわる3度の手術などの治療を繰り返してきました。
人間には不運というものが付きまとうようです。その不運の先に自分自身がいるとは思ってもいませんでしたが、なんと、誰よりもその先端、中心にいることを身をもって知ることになりました。
○ 癒着等によりがんを切除できない体質になっていたこと
○ 二つある抗がん剤治療のうちの一つが副作用のため二回で中止
○ 残された抗がん剤治療も度重なる副作用のため中止
ある日主治医が発した言葉に愕然とし、「それはどういうことですか」と問い返すと、困り果てた顔でこう答えました。
「がんの治療を中止します」
がんの治療を終えても医療行為を止めることでは無いという趣旨も伝えられましたが、納得いかず忸怩たる思いで話を聞きました。
それからひと月経って…
またそこから少し経って…
腹水(3,000~4,000CC)を数回抜きました。
さらに4月、激しい嘔吐の繰り返しで7度目の入院。結果的にはこれが最後の入院になります。
不思議なことにこのとき、食事の提供・説明もありませんでした。訳は、後でわかったことなのですが、がんの進行に伴い、既に食事による栄養摂取ができない身体になっていたということです。
健康診断を受け続けなかった不注意、抗がん剤治療不適応の不運もあり、現在に至りました。
命の終焉は自宅でと常々考えていただけに、主治医には迷うことなく在宅治療選択を伝え、先日退院し、自宅に戻り、療養に専念しております。
点滴での栄養摂取ができませんので、残りの命が限られていますが、こうした形でも読者の皆様と接することができれば幸いです。