このブログ著者のホラー小説「悪い月が昇る」が竹書房より発売中です。

小説投稿サイト〈エブリスタ〉×竹書房＝最恐小説大賞受賞『悪い月が昇る』あらすじ紹介&冒頭2章を公開！｜Takeshobo Books小説投稿サイト〈エブリスタ〉×竹書房が選ぶホラーの頂点第4回最恐小説大賞受賞作! 脳がザワつく衝撃ラストを見届けよ――。あらすじ紹介フリーの編集者・正木和也は妻と五歳の息子・蒼太を連れ、ひと夏を都会の喧騒から離れた避暑地の別荘「カブトムシ荘」で過ごす。そこは、知人の精神科医が好意で貸してくれた私荘で、妻子が負った列車事故のトラウマを癒すための…

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↑こちらで冒頭試し読みしていただけます。

Fly Me to the Moon（2024 アメリカ）

監督：グレッグ・バーランティ

脚本：ローズ・ギルロイ

製作：キーナン・フリン、サラ・シェクター、スカーレット・ヨハンソン、ジョナサン・リア

撮影：ダリウス・ウォルスキー

美術：シェーン・バレンティノ

衣装：メアリー・ゾフレス

編集：ハリー・ジエルジャン

音楽：ダニエル・ペンバートン

出演：スカーレット・ヨハンソン、チャニング・テイタム、ジム・ラッシュ、アンナ・ガルシア、ドナルド・エリース・ワトキンズ、ノア・ロビンズ、ウッディ・ハレルソン

①陰謀論映画じゃない！

アポロ陰謀論って奴があります。アポロ計画の月着陸は実はフェイクで、人類は月に行ってないのだという陰謀論です。

僕はこれが、すごく嫌いで。

これって結局のところ、ただ想像力が欠けているだけだと思うのですよ。人類がどんな偉業を成し遂げられるのかという、人の叡智と努力への想像力が欠落している。

自分自身の貧弱な能力を当てはめて、もっと優れた資質を持った人々を測ってしまってる。

普通に考えて、フェイクの難易度が高すぎるだろ…というのもあります。

密室の話じゃないからね。月だから。誰もが見られる、オープンにも程があるみんなの頭上の空の上で繰り広げられた話なのだから。

何千人もが関わるプロジェクトで、いったいどれほどの人数に秘密を守らせなくちゃならないのいか。一人がバラしたら、すべてがおじゃん。

全世界が見てる。ソ連だって見てる。一般人みたいにぼーっと見てるだけじゃない、様々な国の科学者たちが科学機器で観測して、検証してる。

嘘がバレたら、失敗するより致命的。

その時限りの話じゃないしね。一回フェイクをやってしまったら、その後ずっと、何十年も、未来永劫ずっと、嘘がバレるリスクから逃れられないことになる。

どう考えても、リスクが高すぎ。

バレたら国が沈没するような、そんなリスクを払うくらいなら、成功するにしろ失敗するにしろ、普通に計画を実行した方が遥かにマシだ。

…と、普通だったら想像がつく。そういう想像力が欠けているから、アポロ陰謀論はつまらないと思うのです。

（まあ、大概の陰謀論が想像力の欠如という点では一緒なのだけど）

そして、そういう科学への冷笑的な態度は、科学の足を引っ張る。人類の進歩に不要なブレーキをかけてしまうという点で、くだらないだけじゃなく実際に有害だったりもします。

「インターステラー」で、そんな陰謀論が支配した世界観が描かれていましたね。

だからね。本作の予告編を見た時、ちょっと不安に思ったのですよ。

アポロ陰謀論を真剣に取り上げたような映画だったら、嫌だなあ…と思って。

実際に観てみたら、杞憂でした！

陰謀論なんてものは、映画の開始早々に吹っ飛ばしてしまう。

60年代を背景にした明るいコメディであり、宇宙に挑んだ勇敢な人々を描く真っ当な宇宙開発映画でしたよ。

予告編も「リアルか？フェイクか？」とかって煽ってますね。そういう映画じゃないのだけどなあ…

③科学が前向きだった無邪気な時代

1969年。失敗続きで人気の落ちてきたアポロ計画をPRすべく、マーケティングのプロであるケリー(スカーレット・ヨハンソン)がNASAに送り込まれます。発射責任者のコール(チャニング・テイタム)は、嘘も厭わない彼女のやり方に反発。ニクソン大統領の側近モー(ウッディ・ハレルソン)は、ケリーに月面着陸のフェイク映像を作ることを命じます…。

個人的に、「60年代前後のアメリカの宇宙開発を描いた映画」が大好物なんですよ。というか、「ライトスタッフ」がオールタイムベスト映画である、ということなんですが。

「アポロ13」　「ドリーム」　「ファースト・マン」　「遠い空の向こうに」などが、その系列に当たるでしょうか。

個人的に「ライトスタッフ」が好きすぎて、同映画に登場した宇宙飛行士たちが他の映画に登場すると俄然親しみを感じたりします。

愛すべきガス・グリソムは他の映画では大抵「悲劇的な事故死を遂げた人」という登場の仕方になっていて、そのたびにフレッド・ウォードの顔が浮かんで悲しくなったりします。

「ライトスタッフ」に顕著なんですが、要するに当時の、無茶な目標に皆で一丸となって突き進んでいく、むやみに前向きなパワー。

宇宙へのロマン、人跡未踏の地に挑むフロンティア精神、不可能に挑戦するチャレンジスピリット、そんな「アメリカ人の好きそうな」要素が臆面もなくてんこ盛りになってる。

それは一方では、人命を軽視して突き進んだ無理のある計画実行であったり、画面にほぼ白人男性しかいないような、保守的でマッチョなカウボーイ的世界観だったり…であることは、否めないのだけど。

でも、何というか、そのような大らかさがどうにか成立していた、最後の時代であったとも言える。

上のような点は「ライトスタッフ」でも皮肉っぽく描かれていたし、「ドリーム」など明確に問題提起として批判する映画も登場してくる訳ですが。

自分自身は全然マッチョな人間ではないんですけどね。なんだか、憧れるんですよね。

無邪気にカッコいいなあ…と思ってしまうし、そんな前向きな空気感に触れてみたいと感じます。

シンプルに、60年代のファッションや風俗が魅力的というのもありますね。その辺も、本作では非常に印象的に描写されています。

背景にあるのはソ連との競争ではあるし、実際に政治的にしか宇宙を捉えない人物も登場してくるのだけど、でも一方でそれは破滅へ向かう軍拡競争ではなく、人類全体の進歩に繋がる競争だから。

同じ科学開発競争でも、「オッペンハイマー」のアレとは違う。

「人類にとって、望ましい競争」だと言えると思うのです。そんなふうに無邪気に受け取れる前向きさが、確かにここにはある。

あとやっぱり、個人的には松本零士によって培われた、宇宙へのロマン。

宇宙へは行きたいから行きたいんだ！という、それはもうやみくもな理由のない憧れですね。

宇宙、それは最後のフロンティア…という、「スタートレック」に通じるロマンチシズム。「インターステラー」でも、アポロを否定する社会への対極として描かれていた。

基本コメディである本作でも、それをしっかりと感じることができました。

③宇宙の素晴らしさを人々に伝えるケリーの取り組み

予告編を見ると、「NASA側」のコールと、「マーケティング側」のケリーが対立する物語であるように見えます。

宇宙へのロマンを推進力にするコールと、そんなロマンを理解せず、経済的な理屈ばかりを押し付けようとするケリーの対立…であるように、思える。

ありがちな構造なんでね。ロマンにかまける男と、現実に生きる女の対立というのも、ステレオタイプなので。

個人的に嬉しかったのは、本作はそっちには行かないんですよね。

決して、対立してない。価値観が全然違っていて、すれ違う…という戦いにはならない。

ケリーも、ちゃんと宇宙へのロマンを理解しているんですよ。その上で、宇宙の魅力を世間にアピールしようとする。

感動的だったのは、有名な「地球の出」の写真の持つ意味をケリーがいち早く見抜き、それをアポロ計画のアイコンとして世間に知らしめようとするところ。

まさしく「『地球の出』の写真を見て、感動する心」ですよね。「宇宙へのロマン」というのは。

コールはその写真が持つ象徴的な意味に気づいていなくて、むしろケリーの方が気づいてる。

1968年にアポロ8号から撮影された「地球の出」の写真(Wikipediaより)

ケリーは、宇宙開発を密室の中で行われる政治の道具に終わらせず、人類全体が分かち合うべき「素晴らしいこと」としてプロデュースしていく訳です。

それは彼女が得意な「マーケティング」であり、スポンサーから予算を引き出すための駆け引きではあるのだけど。

でも一方で、まさしくそれこそが月へ行く意味を人々に知らしめる取り組みなんですよね。

それがなければ、いずれ科学はそっぽを向かれ、人々は科学を信用しなくなる。そして陰謀論みたいなものがはびこり、人類は衰退していく訳です。

そんなふうに、ケリーの「マーケティング」は、時にやり過ぎに見えたとしても、基本コールと同じ方向を向いているんですよね。

ギスギスした対立には、初めからならない。だから二人のやり取りを微笑ましく見ていられるし、コメディとして笑って楽しむことができるのです。

④一気におバカコメディに舵を切るフェイク映像展開

…という、基本みんながチームとなって頑張る物語なので、あまりスリルの余地はないのだけど。

そこにサスペンス要素を持ち込むために、悪役として用意されるのが「ニクソンの腹心」であるモーです。

それにしてもニクソンという人、いついかなる映画でも大抵憎まれ役ですね。

モーはケリーが経歴を偽っていることをたてに、「月面着陸のフェイク映像」を準備させます。

NASAの隅っこの倉庫にセットを作り、監督や役者を雇って、実際の映像の代わりにフェイク映像を流そうとする。

それによってコールを裏切ることになるケリーの葛藤と、告白を経ていかにモーを出し抜いて本物の映像を流すかのスリルが、後半の展開になっていきます。

…なのだけど！

僕は正直、この展開、いる？と思っちゃいましたよ。

なんかあまりにも無理があり過ぎて、コメディとしてもサスペンスとしても、微妙なことになってる気がしました。

そもそも、モーの目的がなんだかよくわからないのですよね。

実際の月面着陸が実行できないから、世間に成功したと思わせるために、フェイクの映像を流す。それならまあ、わかる。

冒頭で述べた、いわゆるアポロ陰謀論で言ってるのはコレですよね。

しかし、実際のアポロ11号は問題なく準備され、打ち上げられ、月面着陸を目指すことになっていく訳です。

それなら、フェイクでなく実際の映像を流せばいい。…はずなんだけど。

なぜかモーはわざわざ着陸船に積んだカメラを壊させてまで、実際の映像でなく、フェイクの映像を流そうとするのです。意味がわからない…。

いや、「失敗した場合に備えてフェイクを準備しておく」ならわかるけどさ。

成功したなら、実際の映像を流せばいいじゃないか。

映画ではなんと、現実の月着陸が成功してるその一方で、現実の音声だけを生かして、音声に合わせて役者に演技させて、フェイク映像を生中継で！世界に流そうとするのですよ。

何それ。いったい何のためにそんなことを…？

こんなの、役者がコケるとか、吊り糸が絡まるとか、何か一個だけでも失敗したら、その時点で終わりですよね。

アメリカという国が、世界に赤っ恥をかく。アメリカは終わるでしょうな。

というか、成功してるんだから、そんなことしなくていいのに！

フェイク映像を流してそれがバレたら、成功した計画さえ無駄になる。「いや本当は成功してるんだ」といくら言っても、誰も信用しないよね。

…という訳で、このシークエンス自体が、アポロ陰謀論がいかに無理のある、アホな代物かを証明するようなことになっているのだけど。

映画のクライマックスとしては、ちょっと失敗してるんじゃないかと思いましたよ。観てて全然ハラハラしないもんな。

⑤そこ以外は良かった！のだけど…

まあ、コメディだからね。バカなドタバタでいいのかもしれないですが。

フェイク映像絡み以外では、大きな破綻を感じるところはなかっただけに。

なんでわざわざこんな、無理のある展開を入れなくちゃならないのかな〜と疑問に思いました。

それこそ、マーケティングかな。陰謀論を売りにしたかったのかな…。

という訳で、映画の中で結構なウェイトを占めるフェイク絡みの部分にことごとく乗れなかったので。残念ながら良かったとは言い難いのだけど。

映画全体の雰囲気は好きだったし、スカーレット・ヨハンソンのケリーは本当に魅力的でした！

マーケティングという「ロマン」とはもっとも程遠いところにあるような取り組みを武器に、宇宙へのロマンを人々に知らしめていくという前半のケリーの物語は、本当に共感したし、面白いものでした。それで良かったと思うんだけどな…。

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