このブログ著者のホラー小説「悪い月が昇る」が竹書房より発売中です。

小説投稿サイト〈エブリスタ〉×竹書房＝最恐小説大賞受賞『悪い月が昇る』あらすじ紹介&冒頭2章を公開！｜Takeshobo Books小説投稿サイト〈エブリスタ〉×竹書房が選ぶホラーの頂点第4回最恐小説大賞受賞作! 脳がザワつく衝撃ラストを見届けよ――。あらすじ紹介フリーの編集者・正木和也は妻と五歳の息子・蒼太を連れ、ひと夏を都会の喧騒から離れた避暑地の別荘「カブトムシ荘」で過ごす。そこは、知人の精神科医が好意で貸してくれた私荘で、妻子が負った列車事故のトラウマを癒すための…

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↑こちらで冒頭試し読みしていただけます。

Challengers（2024 アメリカ）

監督：ルカ・グァダニーノ

脚本：ジャスティン・クリツケス

製作：レイチェル・オコナー、ゼンデイヤ、エイミー・パスカル

撮影：サヨムプー・ムックディプローム

美術：メリッサ・ロンバルド

編集：マルコ・コスタ

音楽：トレント・レズナー、アティカス・ロス

出演：ゼンデイヤ、ジョシュ・オコナー、マイク・ファイスト

①表面から奥へ、深みある傑作！

ニューヨークで行われるプロテニスの登竜門的大会チャレンジャーズ決勝戦。対峙するのはスランプ中のトッププロ選手アート(マイク・ファイスト)と、返り咲きを狙う落ち目のパトリック(ジョシュ・オコナー)。観客席で見守るのは、アートの妻でありコーチでもあるタシ(ゼンデイヤ)。その十数年前、ジュニアのダブルスで優勝したアートとパトリックは、既に有名なスター選手だったタシに出会い、同時に惹かれていきます…。

「サスペリア」が大好きなルカ・グァダニーノ監督の新作。

テニスが題材？　三角関係？　うーん興味の対象かどうか、微妙かも…と最初思ったのですが。

「サスペリア」「ボーンズ・アンド・オール」の監督ですからね。「普通のテニス映画」「普通の恋愛映画」であるはずがない。

凝りに凝った、捻りに捻った、まさに個性のカタマリのような映画でした！

様々なことに二重三重の意味が込められていて、奥が深い。

表面的に描かれるドラマがそれだけに終わらず、奥の意味が徐々に見えてくる。

観れば観るほど面白くなる、重層的な映画。

観ている間に何度も「おお！」と思ってニタニタしてしまうような。

大好物の映画でした。当ブログの好みを知ってて好みが合う方、アタリのやつですよ！

②基本はシンプルな三角関係＆スポ根ストーリー

基本となるストーリー自体はシンプルです。

若きスター選手であるタシと、彼女に憧れる二人の若者。

ゼンデイヤに説得力があるんですよね。弾けるような若さと強靭さを体現していて、本当に今スターに駆け上がろうとしている天才テニスプレイヤーに見える。

その自信とプライドに裏打ちされて、それが彼女の美しさ、小悪魔的な魅力になっている。

対する好対照な二人。粗野で自信家なパトリックと、線が細くて気の弱いアート。

テニスの才能は、今のところパトリックの方が上。対等に見えて、ちょっと親分と子分みたいなところもある。

その二人が、タシというお姫様を巡って互いに競い合い、テニスの上ではライバルとなって、高みを目指して行く物語。

そういう、スポ根とも言えるシンプルなストーリーですね。

普通に、その文脈でも面白い。

アートとパトリックが対決する決勝戦を起点として、そのゲームの趨勢とシンクロするようにして、並行して過去を語っていく。その構成に興奮させられます。

現在のアートとパトリックとタシの立ち位置と力関係。それが十数年前の彼らから、どのようにして変わったのか。その謎解きミステリという点でも、牽引力があります。

タシという女性を一つの“トロフィー”として、競い合う男たちの物語。

…という視点で見ると、古風な男目線のマッチョなストーリーにも見えるんですよね。「スポーツ」の持つ能天気なマッチョイズムを看破してる。

クライマックスの試合シーンで導入される漫画チックな「ボール視点」シーンは、「取り合いされるタシ視点」のようにも見えましたね。皮肉が効いてる。(島本和彦風でもあったけど)

③ゲームをコントロールする女神／魔女

そういう古風なマッチョ構造を描きながら、一方で常にリーダーシップを取ってるのはタシなんですよね。

ゲームをコントロールしているのはタシ。ゲームチェンジャーもタシ。

タシが男たちを翻弄していく。

初対面でいきなり、「初めてのオナニー」の話させられてるくらいですからね。もう初めから上下関係は決定してる。

アートとパトリックはいかにも体育会系男子のノリでタシを取り合うのだけど、常に上位にはタシがいて、彼女の望む範囲の中でことは進んでいく。

タシはテニスプレイヤーとしての「ミューズ」のようでもあって。

「試合に勝った方に電話番号を教える」という彼女の最初の宣言は、次第に「彼女を得た方がより強いプレイヤーになる」という感覚に変わっていく。

ある種の「あげまん」というか。そういうアイコンにもなっていくんですよね。

タシを手に入れ、多数のスポンサーがつくトッププレイヤーになったアートは、もはや登り詰めたように見えます。

アート自身、もうキャリアから降りたがっている。でも、タシはそれを許さない。

パトリックを利用して、アートを更に高みへと奮い立たせようとする。

そこまでせんでも…と思えたりもするけど、タシにとって生きるというのはそういうことなんですよね。

目標を掲げて、高みに向かおうとすること。その絶え間ない連続。それがテニスであり、人生である。

テニスと人生はもはやイコールのものになっている。

そんなタシはテニスの女神であると同時に、呪うべき魔女であるとも言える。

本作は、テニスの魔女に取り込まれ、運命を弄ばれた二人の物語…という見方も可能です。

そんな視点で見ると、最後の「ボール目線」で打ち合うシーンは、アートとパトリックが互いに「タシを相手に押し付けようとしている」ようにも見えちゃいます。

互いに渾身の力でタシを引っ叩いている…とも見えますね。

④男同士の「親密さ」と「愛情」との違い…あるいは違わなさ

…という、女性を頂点とした三角関係の物語なのだけど。

本作がユニークなのは更にその先。

三角関係というけれど、本当に愛し合っているのは誰と誰なのか…というところにまで、揺らぎが持ち込まれているところですね。

全体を通して語られるエピソードから伝わってくるのは、本作における真の“カップリング”はタシとアートではなく、タシとパトリックでもなく、アートとパトリックなのでは？ということです。

夜を明かし、隣り合ってオナニーしたことをあけすけに語るホモソーシャルな親密さ。

アートとパトリックが話す時の距離感。顔と顔の距離。

一緒にサウナに入るシーンで、表面上の険悪さと裏腹に見え隠れする別の関係性。

そして、タシは初めからそれに自覚的だったりもする。

初めてのキスのシーンで、アートとパトリックがキスをするように仕向ける「いたずら」から、タシは自分が二人の間に割り込んでいることをはっきり自覚しています。

これも、女の子から見れば男の子二人の関係性というのは常に「そう見える」のかもしれない。

このような関係性は、本作の中では誰からも言及されない。

誰かが自分の性的嗜好やジェンダー問題について気づくとか、LGBT問題に踏み込んでいく…なんてことはない。

でも、だからこそ、いわゆるLGBT的な当事者になるということが、決して「向こう側」の絵空事でなく、地続きであることが伝わるんですよね。

男なら割と誰でも共感できちゃうだろう、男同士のほたえ合うような幼児的な感じ。

それは厳密には自覚的なLGBTQとは異なるのだろうけど、でもまるっきり別のものという訳でもない…という。

ある種の「男らしさ」やマッチョイズムを強調すればするほど、表面とは違う関係性に近づいていく。

最後の方ではいつしか、タシが愛し合う二人を逆説的にくっつけようとしているような感じさえ、してくるんですよね。

タシがあえて悪役になって。本当は愛し合っていたアートとパトリックをくっつける。

その爽やかささえ感じてしまうという。ちょっと驚きの地平にまで、ラストで連れ去られてしまうのです。

⑤人の普遍的な「予測できなさ」

いろんな「見え方」を書いているけど、そのどれが正解という訳でもない。

実際、タシやアートやパトリックだって、自分自身が本当は何を考えているか、よくわかってないのですよね。

自分でもよく分からない自分の気持ちが、他者との関わり合いの中で少しずつ見えてくる。

自分でもそれに気づき、そして我ながら驚いたりもする。

そんな有り様が、とてもリアルだと思うのです。

人って、そういうものですよね。自分の気持ちが全部分かりきってる人なんていない。

どこかを目指して出発しても、まったく別の場所に辿り着いたりもする。だからこそ、人は面白い。

ルカ・グァダニーノ監督、これまでもそのような、人間がそもそも持っている「意外性」「先の読めなさ」を描いてきたように思います。

「サスペリア」「ボーンズアンドオール」と近作はホラーで、超自然的な状況の中で「魔女」とか「人食い族」のような属性を持つマイノリティを主人公に描いてきたのだけど。

今回は華々しいプロテニスの世界が舞台で、セレブと呼べるカップルが主人公。

プロスポーツという、いわば「陽キャ」世界の頂点と言える世界ですよね。陽の当たらない影ではなく、まさに世界の中心と言える場所。

そんな世界を舞台にして、マッチョな世界観がLGBTQの世界とさほどの違和感もなく地続きにつながっていることを描き出す。

自分がどんな立場に立つか、すべては自分自身でさえ予測できないことだから、人をタイプや所属で分類することには意味がない。

そういうふうに世界を捉えれば、差別なんてことも意味がなくなりそうですね。

登場人物３人だけで、テニスの世界という狭い分野を描いているようで、非常に広い普遍的な意味も見えてくる。実によく考えられた映画だと思います。

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「人を食わずにいられない人」をマイノリティのメタファーとして描いた「痛い」恋愛映画。

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ブログ著者の初ホラー小説は、夏のホラーです！　今の季節に、ぜひどうぞ。

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