【梓月】さおりさん誕生日お祝いSS
「うん、わかった…。ううん、全然平気! 仕方ないし…うん。気をつけて。……ふふ、ありがと」
大学内のカフェテリア。冬休みに入り、めっきり利用者の減った店内は、とても静か。
わたしは携帯電話を耳から離し、通話を終了した画面を見つめる。さっき電話越しに聞いた報告を反芻して、ため息をこぼす。
「どしたの? 月子」
「あ、ううん。何でもないよ?」
真琴が怪訝そうに覗き込んでくるのを、笑顔でごまかしてやりすごそうとする。
「ばか言わないの。何でもない顔じゃないわよ」
「…わかっちゃう?」
「どうせ彼と何かあったんでしょ。これでも空気は読む方よ」
「へへ。そうだね。…でもほんと、平気だから。気づいてくれて、ありがとね」
「無理するんじゃないよ?…あんた、超遠恋なんだから」
真琴にはやっぱりわかってしまう。わたしはもう一度携帯の画面を見て、鞄の底にしまった。
『今週末、帰国して祝うはずの先輩のバースデーなんですけど…すいません、急な泊まり込みの訓練が入って…どうしても休めなくて…。はい、本当にすみません。必ず埋め合わせしますから。あ、先に言っておきます。誕生日、おめでとうございます』
スケジュール帳に無駄に大きく書いた赤丸が妙に恥ずかしくなる。梓くんはアメリカで必死に頑張ってるんだから、わがまま言ってちゃダメだもん…。
「今年は一人かぁ…」
昔は家族や幼馴染みと、付き合いはじめてからは梓くんと過ごしてきた誕生日。今年もそのつもりだったから、実家には帰らないって言ってある。世間は年末。真琴たちは数日のうちには帰省しちゃうから、今週末は一人確定になった。
ふと、近くの席に座っていたカップルの様子が目に入る。いつでも会える距離にいて、顔を合わせてご飯を食べられて、いいな…幸せだろうな…なんて、羨む気持ちが生まれないわけがない。
「えぇーっ!? 何よそれ!!」
女性の方が声を荒らげる。
「ちょっ、落ち着けって」
「落ち着けるわけないじゃん! ケンちゃんはなんで平気なの!?」
「平気だなんて言ってないだろ!? ゼミ合宿なんだからしょうがないだろ!」
「でも…!」
どうやら、言い争いの原因はわたしたちと似たり寄ったりのようだった。
そのせいか、少し聴覚に神経を割いてしまう。ごまかすように、カップの中の冷めた紅茶をかき混ぜる。
「合宿っていっても、ここから車で行けるとこだし…全然会えないって訳じゃ…」
「だって…一年記念日なのに…ずっと前から約束してたのに! 大体ケンちゃんはいっつもそうやって…!」
女性が再び声に怒りを滲ませたところで、真琴が立ち上がり、彼女の肩に手を置く。
「その辺にしときなさい、カナ」
「ま、マコ!」
「痴話喧嘩はもうちょっと場所を選びなさい」
「う、うぅー…でもぉ…」
「学生の本分を優先させて何が悪いの。彼氏さんも相当気を遣ってくれてるみたいだし。会いに行ける距離なら、アンタが会いに行けばいいじゃない」
真琴の言い分はもっともで、女性は口をつぐむ。
わたしは、真琴の言葉が脳裏に貼り付いて離れなかった。
「会いに行ける距離なら…会いに行けば…」
言い聞かせるように呟けば、次に取るべき行動は自ずとわかるような気がして、わたしはその場を駆け出していた。
「マコぉ…正論過ぎて言い返せないよぉ…」
「だってその通りじゃない。アンタなんてまだいい方よ。あの子なら、日本とアメリカでアンタ達と同じ状況になっても、文句なんて言わずに…あれ?」
「あ、君と一緒に座ってた子なら、さっき走って…」
「あら…もしかして…」
アパートに駆け戻り、大慌てで必要なものを引っ張り出す。
「パスポート…あとお金…それから…」
誕生日だから受け身になる必要なんてない。そうだ、わたしは梓くんに追い付かなくちゃいけないんだから。どこまでだって、追いかけなきゃ。
インターネットで空港の状況を調べ、後のことなんて何も考えずに走り出す。
会いに行ける距離なら、会いに行けばいいんだから…!
☆★☆
「……で、来ちゃったんですか…」
「えへ…き、来ちゃった…」
「これは…ほんと、さすがの僕も、びっくりしましたよ? 呼び出しくらって来てみれば、家出少女同然の先輩」
「ご、ごめん…」
呆れたようなため息をつく梓くんに、迷惑だったかと肩をすぼめる。
「あぁ怒ってるんじゃないです。ただびっくりして。よくここまで来られましたね?」
「梓くんの所属は知ってるし…大学で出来た繋がりとか、つ…翼くんとかを…最大限活用して…」
言いながら、梓くんを探して走り回った数時間を思い出す。空港に到着してから今まで、必死になっていたのだろう、今になって全身に疲労がのしかかる。
「…先輩…」
「ご、ごめんね、訓練の邪魔になるの、わかってたけど…しかもこんな夜になっちゃって…疲れてるよね…」
冷静になってくると、たくさんの人に、何より梓くんにたくさん迷惑を掛けたことに気づかされて、へこまずにはいられない。
「先輩、頭を上げてください」
「え…」
目線を上げた瞬間に、素早く唇を寄せられる。久しぶりの梓くんの温もりに、わたしはこの上なく安心する。疲れすら、全部忘れてしまう。
「訓練合宿とはいっても、こうやって夜は空くんです。この時間に先輩に会えないのがもどかしいと思ってました」
「梓くん…」
梓くんは嬉しそうにわたしを抱き締め、優しくわたしの髪を撫でる。
「だから、本当に嬉しかったんです。先輩の誕生日なのに…僕の方が幸せですみません」
照れたように笑った表情なのが、見なくてもわかる。わたしは梓くんに応えるように、そっと背中に手を回す。
「ただ僕…一つ謝らないといけないことが…」
「なぁに?」
怒る気もなく、聞き返す。
「先輩へのプレゼント、誕生日当日に届くように、もう送ってしまってるんですよね…だから、今渡せるものが何もなくて」
ほら、怒る必要なんてない。
「じゃあ、帰国したら届いてるかな? 何を贈ってくれたのかなぁ」
「そうですね…小さいものだから、きっとポストに入ってますよ。お楽しみにしておいてください」
「ふふ…楽しみ。ありがとう」
梓くんは少し身体を離して、わたしを見つめる。
熱を帯びたようでいて、真剣な瞳に、吸い込まれそうになる。
「あと数時間で今日が終わって、そしたら先輩の誕生日ですね。どうか、日付の変わる瞬間を、一緒に過ごさせてください」
「でっ…でも、梓くん明日も訓練でしょ? 早く休んだ方が…」
「先輩がこうやって目の前に現れたって知ってて、どのみち今日は眠れるはずもないです。せっかく先輩が色んな無理を押して来てくれたんです。僕の無理なんて大したことないんですよ。それに」
「それに…?」
「先輩、泊まるところも考えてないでしょう?」
「う、うん…」
「だったら、決まりですね」
梓くんは悪戯っぽく笑って、手を差し出してきた。
「一晩くらい別の場所に泊まっても問題ないです。僕のアパート近いですし、行きましょう?」
操られるように、わたしは自然と梓くんの手を取った。
一つまた一つと、梓くんとの思い出が増えていく。
今年もまた、二度と忘れられない誕生日になったなと思いながら、わたしは梓くんに手を引かれて、夜の中へと歩き出した。
Fin.
大学内のカフェテリア。冬休みに入り、めっきり利用者の減った店内は、とても静か。
わたしは携帯電話を耳から離し、通話を終了した画面を見つめる。さっき電話越しに聞いた報告を反芻して、ため息をこぼす。
「どしたの? 月子」
「あ、ううん。何でもないよ?」
真琴が怪訝そうに覗き込んでくるのを、笑顔でごまかしてやりすごそうとする。
「ばか言わないの。何でもない顔じゃないわよ」
「…わかっちゃう?」
「どうせ彼と何かあったんでしょ。これでも空気は読む方よ」
「へへ。そうだね。…でもほんと、平気だから。気づいてくれて、ありがとね」
「無理するんじゃないよ?…あんた、超遠恋なんだから」
真琴にはやっぱりわかってしまう。わたしはもう一度携帯の画面を見て、鞄の底にしまった。
『今週末、帰国して祝うはずの先輩のバースデーなんですけど…すいません、急な泊まり込みの訓練が入って…どうしても休めなくて…。はい、本当にすみません。必ず埋め合わせしますから。あ、先に言っておきます。誕生日、おめでとうございます』
スケジュール帳に無駄に大きく書いた赤丸が妙に恥ずかしくなる。梓くんはアメリカで必死に頑張ってるんだから、わがまま言ってちゃダメだもん…。
「今年は一人かぁ…」
昔は家族や幼馴染みと、付き合いはじめてからは梓くんと過ごしてきた誕生日。今年もそのつもりだったから、実家には帰らないって言ってある。世間は年末。真琴たちは数日のうちには帰省しちゃうから、今週末は一人確定になった。
ふと、近くの席に座っていたカップルの様子が目に入る。いつでも会える距離にいて、顔を合わせてご飯を食べられて、いいな…幸せだろうな…なんて、羨む気持ちが生まれないわけがない。
「えぇーっ!? 何よそれ!!」
女性の方が声を荒らげる。
「ちょっ、落ち着けって」
「落ち着けるわけないじゃん! ケンちゃんはなんで平気なの!?」
「平気だなんて言ってないだろ!? ゼミ合宿なんだからしょうがないだろ!」
「でも…!」
どうやら、言い争いの原因はわたしたちと似たり寄ったりのようだった。
そのせいか、少し聴覚に神経を割いてしまう。ごまかすように、カップの中の冷めた紅茶をかき混ぜる。
「合宿っていっても、ここから車で行けるとこだし…全然会えないって訳じゃ…」
「だって…一年記念日なのに…ずっと前から約束してたのに! 大体ケンちゃんはいっつもそうやって…!」
女性が再び声に怒りを滲ませたところで、真琴が立ち上がり、彼女の肩に手を置く。
「その辺にしときなさい、カナ」
「ま、マコ!」
「痴話喧嘩はもうちょっと場所を選びなさい」
「う、うぅー…でもぉ…」
「学生の本分を優先させて何が悪いの。彼氏さんも相当気を遣ってくれてるみたいだし。会いに行ける距離なら、アンタが会いに行けばいいじゃない」
真琴の言い分はもっともで、女性は口をつぐむ。
わたしは、真琴の言葉が脳裏に貼り付いて離れなかった。
「会いに行ける距離なら…会いに行けば…」
言い聞かせるように呟けば、次に取るべき行動は自ずとわかるような気がして、わたしはその場を駆け出していた。
「マコぉ…正論過ぎて言い返せないよぉ…」
「だってその通りじゃない。アンタなんてまだいい方よ。あの子なら、日本とアメリカでアンタ達と同じ状況になっても、文句なんて言わずに…あれ?」
「あ、君と一緒に座ってた子なら、さっき走って…」
「あら…もしかして…」
アパートに駆け戻り、大慌てで必要なものを引っ張り出す。
「パスポート…あとお金…それから…」
誕生日だから受け身になる必要なんてない。そうだ、わたしは梓くんに追い付かなくちゃいけないんだから。どこまでだって、追いかけなきゃ。
インターネットで空港の状況を調べ、後のことなんて何も考えずに走り出す。
会いに行ける距離なら、会いに行けばいいんだから…!
☆★☆
「……で、来ちゃったんですか…」
「えへ…き、来ちゃった…」
「これは…ほんと、さすがの僕も、びっくりしましたよ? 呼び出しくらって来てみれば、家出少女同然の先輩」
「ご、ごめん…」
呆れたようなため息をつく梓くんに、迷惑だったかと肩をすぼめる。
「あぁ怒ってるんじゃないです。ただびっくりして。よくここまで来られましたね?」
「梓くんの所属は知ってるし…大学で出来た繋がりとか、つ…翼くんとかを…最大限活用して…」
言いながら、梓くんを探して走り回った数時間を思い出す。空港に到着してから今まで、必死になっていたのだろう、今になって全身に疲労がのしかかる。
「…先輩…」
「ご、ごめんね、訓練の邪魔になるの、わかってたけど…しかもこんな夜になっちゃって…疲れてるよね…」
冷静になってくると、たくさんの人に、何より梓くんにたくさん迷惑を掛けたことに気づかされて、へこまずにはいられない。
「先輩、頭を上げてください」
「え…」
目線を上げた瞬間に、素早く唇を寄せられる。久しぶりの梓くんの温もりに、わたしはこの上なく安心する。疲れすら、全部忘れてしまう。
「訓練合宿とはいっても、こうやって夜は空くんです。この時間に先輩に会えないのがもどかしいと思ってました」
「梓くん…」
梓くんは嬉しそうにわたしを抱き締め、優しくわたしの髪を撫でる。
「だから、本当に嬉しかったんです。先輩の誕生日なのに…僕の方が幸せですみません」
照れたように笑った表情なのが、見なくてもわかる。わたしは梓くんに応えるように、そっと背中に手を回す。
「ただ僕…一つ謝らないといけないことが…」
「なぁに?」
怒る気もなく、聞き返す。
「先輩へのプレゼント、誕生日当日に届くように、もう送ってしまってるんですよね…だから、今渡せるものが何もなくて」
ほら、怒る必要なんてない。
「じゃあ、帰国したら届いてるかな? 何を贈ってくれたのかなぁ」
「そうですね…小さいものだから、きっとポストに入ってますよ。お楽しみにしておいてください」
「ふふ…楽しみ。ありがとう」
梓くんは少し身体を離して、わたしを見つめる。
熱を帯びたようでいて、真剣な瞳に、吸い込まれそうになる。
「あと数時間で今日が終わって、そしたら先輩の誕生日ですね。どうか、日付の変わる瞬間を、一緒に過ごさせてください」
「でっ…でも、梓くん明日も訓練でしょ? 早く休んだ方が…」
「先輩がこうやって目の前に現れたって知ってて、どのみち今日は眠れるはずもないです。せっかく先輩が色んな無理を押して来てくれたんです。僕の無理なんて大したことないんですよ。それに」
「それに…?」
「先輩、泊まるところも考えてないでしょう?」
「う、うん…」
「だったら、決まりですね」
梓くんは悪戯っぽく笑って、手を差し出してきた。
「一晩くらい別の場所に泊まっても問題ないです。僕のアパート近いですし、行きましょう?」
操られるように、わたしは自然と梓くんの手を取った。
一つまた一つと、梓くんとの思い出が増えていく。
今年もまた、二度と忘れられない誕生日になったなと思いながら、わたしは梓くんに手を引かれて、夜の中へと歩き出した。
Fin.