夏蜜柑の萌語り -138ページ目

【冬組】Happy Birthday!!

 パタパタと、軽い足音が廊下を駆けてくる。

 それだけで、もう誰が来たのか判断できたので、俺は書類に落としていた視線を上げ、扉に目をやった。あと数秒もすれば、扉が開いて、いつもの花が顔を覗かせるはずだ。



「こんにちは! あっ、一樹会長!」



 寸分違わない自分の予想に、思わず笑みがこぼれる。

「なんですか?」

「いや、何もねーよ。それより、随分急いで来たみたいだが、どうしたんだ?」

「今日は部活でミーティングがあるので、それまでに少しでも生徒会の仕事を進めたくて」

 俺は月子の頭を撫でた。

「ひゃっ」

「お前はほんと、可愛いな」

「なっ…、なん、何なんですかっ」

 むくれた月子を見てひとしきり笑い、俺は扉へと向かう。

「会長、どちらへ行くんですか?」

「あぁ、ちょっと職員室に用事だ。部活の時間になったら、そっちに抜けていいからな」

「はい、ありがとうございます」

 後ろに向かって手を軽く振り、俺は生徒会室を後にした。



「ま…期待してた訳じゃないけどな…」



 しばらくして生徒会室に戻ると、授業を終えた颯斗と入ったばかりの翼が来ていた。

 颯斗に指導され、翼は会計の仕事を叩き込まれているようだった。

「おぅ、遅かったな」

「あ…会長」

「おー、ぬいぬいだー」

 自分の机に戻り、途中だった書類に再び目を落とす。

「月子さんは部活に向かいました。ミーティングが終わり次第、こちらに戻るそうです」

「そうか、サンキュー」

 颯斗からの事務連絡を受け、書類からは顔を上げずに返す。

 すると、人がすぐ目の前に立っている気配を感じて、思わず手を止めた。

「…何だ? 颯斗」

「いえ、何というか…」

「ぬいぬい、元気ないぞ」

 言いにくそうに濁らせた颯斗の言葉を受け、翼がズバリと言い当てる。

「そっ…んなことねーよ」

「そうかぁ? やっぱぬいぬい、書記が居ないと元気出ないんだな!」

「いえ、翼くん。今回に関しては、それだけが原因じゃないと思いますよ」

「ぬ?」

 意味深な颯斗の言葉に顔を上げて、俺の動きは思わず止まった。

 颯斗に目をやれば、案の定、全てを見透かしたような目で笑ってやがる。

「颯斗お前…」

「どうしました? 一樹会長?」

「……あーもう!」

 俺は勢いをつけて立ち上がった。

「ぬいぬい! どこに行くのだ?」

 翼に言われ、静止する。そうだ、俺は何をしようとしてた? 悔しいからって、あいつをここまで引き戻そうとでもしてたか?

「…らしくねぇ」

 そんな様子を見て、颯斗が紅茶を手に俺に近づいてくる。

「そうですよ、落ち着いてください、会長。今はとにかく、自分のやるべき仕事を片付けましょう。月子さんが戻ってくる前に終わらせるのが目標です」

「えー! そらそら、俺の書類こんなにあるぞ!?」

「頑張ってください、翼くん」

「だって…なんでもない…」

 まだ文句を言いかけた翼が、颯斗を一目見て口をつぐむ。俺も同じ目には遭いたくないので、大人しく椅子に座り直す。



 壁に掛けた時計の秒針の音だけが響いている。気づけば随分と集中していたようだ。

「…ふー…」

 やけに静かだと思って顔を上げて、俺は持っていたペンを取り落とした。

「颯斗…? 翼…?」

 二人の姿がない。

 机の上の書類は整理されている。あいつらがやっていた分の仕事は終わったようだ。

「仕事が終わって帰った、か…一言くらい言ってけよな…」

 一つ息を吐いて、時計を見る。もう空には星が瞬き始める時間だ。

「帰るか」

 机を片付け、鞄を手にしたときだった。

 生徒会室の扉が、遠慮がちにノックされる。

「誰だ? こんな時間に…」

 不審に思いつつ扉を開くが、視界には一瞬何も映らない。少し目線を落とすと、俺の好きな柔らかく細い髪を湛えた頭が。

「…何ノックなんてしてんだよ、月子」

 月子が照れたように微笑んで立っていた。

「ミーティングは終わったのか?」

「はい! 会長も、お仕事は区切りついたんですね」

「あぁ。俺はやればできる男だからな」

 月子が笑って、生徒会室に入ってくる。

「颯斗たちは帰っちまったみたいだ。わざわざ戻ってきてくれたのに、悪いな」

「そうなんですか。…あ、じゃあ会長!」

「どうした?」

 月子が俺の制服の袖を少し握る。

「それなら、今から星を観に行きましょう?」

 月子の瞳が子供みたいに輝いている。行きたくて仕方がないって、体全部で訴えかけてくる。

 俺は反対の手で月子の頭を撫でた。

「おっ、いいな! じゃあ、屋上庭園にでも行くか?」

「はい!」

 待ちきれない月子に手を引かれ、急ぎ足で屋上へ向かう。



「さ、会長!」

 屋上へ出る扉の前で、月子がはたと立ち止まる。

「あぁ」

 何も考えずに、その扉に手をかけ、開いた。



「あっ来た、ぬいぬい!」

「一樹会長!」



「えっ…?」



 一瞬判断が遅れて、理解したときには、クラッカーの音が耳に届いていた。



「お誕生日おめでとうございます、一樹会長!」



 俺のすぐ後ろで、クラッカーを鳴らしながら、月子が声をあげた。

 颯斗と翼も口々に、祝いの言葉を述べる。

「お前ら…」

「こそこそ用意してごめんなさい、会長を驚かせたくて」

「食堂に頼んで、ごちそう作ってもらったんだぞ!」

 月子と翼に手を引かれ、屋上庭園に用意されたピクニックシートに座る。

「ぬいぬいをお祝いするのだー!」

 熱くなる目頭を隠したくて、俺は顔を俯かせて耐えた。

「会長? どうしたんですか?」

「あっ、ぬいぬい泣いてるのだ!」

「ばっ…泣いてねぇよ!」

 二人に顔を覗き込まれて慌てふためく。その様子を微笑みながら、颯斗が眺めている。



「…ありがとな、みんな…!」





 あぁ、こんな幸せな誕生日、間違いなく生まれて初めてだ。

 満天の星空の下、俺は今あるこの幸せに、心からの感謝を誓った。