【ぬい月】愛の雨宿り
『閉館10分前になりました。図書の貸し出し手続きを済ませ、速やかに退出してください』
学園内の図書館に鳴り響いたアナウンスに、私は顔を上げた。
「うそっ、もう閉館?」
課題を終えるために集中していたら、時間の経つのも忘れていた。慌てて、使っていた資料を書架に戻す。
「でも、何とか目処は立った…かな?」
今日は珍しく一人だった。哉太は検診があり、渋っていたので、見かねた錫也が引きずっていったのだ。
自分のノートを鞄にしまい、立ち上がる。
「さて、帰ろう」
もう館内に利用者は残っていなかった。私も足早に外へ出る。
館外に出て、背中で自動ドアが閉まったが、私は動き出せなかった。
「うそー…雨…」
既に暗くなった景色。それでもはっきりと分かるくらいの音を立てて、雨が降り注いでいた。
私の鞄に傘はない。いつも、もし急に降っても、大抵錫也が傘を持っているから。
「走るしかないかなぁ」
鞄を濡らさないように胸に抱え、空を見上げ、軒下から一歩出ようとした。
「おいコラ! シャワー代わりにでもする気か?」
咄嗟に、出した足を戻した。声のした方を、ゆっくりと向く。
「え…」
視線の先には、大きな傘を差した、一樹会長が居た。
「会長、なんでこんな所に!?」
「ばーか、お前を迎えに来たに決まってんだろ」
軒下に乗り込んできた会長は、私の頭に優しく手を置いた。
「…ありがとうございます」
「帰ろうぜ、ほら」
会長はそうやって、自分の傘を差しかけてくれる。もう一本傘を持ってくるって発想は、彼にはないらしい。
私はおずおずと、会長のすぐ傍に寄っていく。
「濡れるぞ? もっとこっちに来い」
「で、でも会長」
自分から会長に擦り寄るなんて、心臓が破裂してしまう。いま少し肩が触れるだけでも、鼓動は痛いくらい速くなっているのに。
「全く…」
会長が小さく呟いて、次の瞬間には、会長の腕にガッチリと捕われていた。肩を抱かれているだけなのに、まるで抱き締められているみたいだった。
「ひゃっ…かいちょ」
「月子」
耳元で囁かれ、雨音なんて聞こえなくなった。
「名前で呼べって…言っただろ」
「は…い」
「月子」
呼び掛けられるように、もう一度囁かれる。私は操られるみたいに、首だけを捻って会長を見上げた。
「か…ずきさ…ん」
小さな声で絞り出すと、会長は嬉しそうに目を細めた。肩に回された腕に力がこもる。
「月子…」
会長の反対の手が、私の頬に伸びてきた。傘の柄は会長の肩に乗って、なんとか止まっている。
「一樹さん…」
「愛してるぞ…」
頬に触れた手が顎まで下り、私の顔を持ち上げる。私は静かに目を閉じた。
自然に唇が触れあったその瞬間、傘の柄が落ちていった気がしたが、もう雨が降っているかどうかなんてどうでもよかった。
「…はっくしゅん!」
「…すまん」
「一樹さん…くしゅん!」
「すまん」
「くしゃみするたび謝らないで下さいってば…恥ずかしいんですよ? …くしゅん!」
「いや、実は」
会長が目を泳がせながらも顔を上げる。
「あの時、俺がお前を迎えに来られたのは、星詠みの力のお陰だったんだ」
「そうだったんですか」
「だからこそ、俺はお前が風邪を引くのだけは阻止しなきゃいけなかったのに…」
私は自室のベッドから上体を起こしたまま、ゆっくりと、ベッドに腰かける会長にもたれかかった。
「月子?」
「いいじゃないですか、私は嬉しいですよ? こうやって会長が看病してくれるし」
「お前は…本当に…」
「え?」
「いや、何でもない。…何なら、俺に移して治すか?」
不敵に笑んだ会長が、体を反転させ、ベッドに片膝をのせる。
「一樹さん…?」
「一番恋人らしい看病だろ?」
会長の手が、再び私の顎に触れる。
「なっ…! も…! ばかっ!」
私は逃げるように布団を頭から被る。会長も本気ではなかったようで、ケラケラと笑っている。
「じゃあ、俺はそろそろ戻るから。寂しくなったらいつでも呼べよ」
「はい」
「いい子だ。おやすみ、俺のお姫様」
会長は布団を少しだけ捲り、私の耳たぶに口付けて囁いた。
扉の閉まる音。自分の中から湧き出る心臓の鼓動の音。遠ざかる足音。
色んな音を聴きながら、私は目を閉じた。
学園内の図書館に鳴り響いたアナウンスに、私は顔を上げた。
「うそっ、もう閉館?」
課題を終えるために集中していたら、時間の経つのも忘れていた。慌てて、使っていた資料を書架に戻す。
「でも、何とか目処は立った…かな?」
今日は珍しく一人だった。哉太は検診があり、渋っていたので、見かねた錫也が引きずっていったのだ。
自分のノートを鞄にしまい、立ち上がる。
「さて、帰ろう」
もう館内に利用者は残っていなかった。私も足早に外へ出る。
館外に出て、背中で自動ドアが閉まったが、私は動き出せなかった。
「うそー…雨…」
既に暗くなった景色。それでもはっきりと分かるくらいの音を立てて、雨が降り注いでいた。
私の鞄に傘はない。いつも、もし急に降っても、大抵錫也が傘を持っているから。
「走るしかないかなぁ」
鞄を濡らさないように胸に抱え、空を見上げ、軒下から一歩出ようとした。
「おいコラ! シャワー代わりにでもする気か?」
咄嗟に、出した足を戻した。声のした方を、ゆっくりと向く。
「え…」
視線の先には、大きな傘を差した、一樹会長が居た。
「会長、なんでこんな所に!?」
「ばーか、お前を迎えに来たに決まってんだろ」
軒下に乗り込んできた会長は、私の頭に優しく手を置いた。
「…ありがとうございます」
「帰ろうぜ、ほら」
会長はそうやって、自分の傘を差しかけてくれる。もう一本傘を持ってくるって発想は、彼にはないらしい。
私はおずおずと、会長のすぐ傍に寄っていく。
「濡れるぞ? もっとこっちに来い」
「で、でも会長」
自分から会長に擦り寄るなんて、心臓が破裂してしまう。いま少し肩が触れるだけでも、鼓動は痛いくらい速くなっているのに。
「全く…」
会長が小さく呟いて、次の瞬間には、会長の腕にガッチリと捕われていた。肩を抱かれているだけなのに、まるで抱き締められているみたいだった。
「ひゃっ…かいちょ」
「月子」
耳元で囁かれ、雨音なんて聞こえなくなった。
「名前で呼べって…言っただろ」
「は…い」
「月子」
呼び掛けられるように、もう一度囁かれる。私は操られるみたいに、首だけを捻って会長を見上げた。
「か…ずきさ…ん」
小さな声で絞り出すと、会長は嬉しそうに目を細めた。肩に回された腕に力がこもる。
「月子…」
会長の反対の手が、私の頬に伸びてきた。傘の柄は会長の肩に乗って、なんとか止まっている。
「一樹さん…」
「愛してるぞ…」
頬に触れた手が顎まで下り、私の顔を持ち上げる。私は静かに目を閉じた。
自然に唇が触れあったその瞬間、傘の柄が落ちていった気がしたが、もう雨が降っているかどうかなんてどうでもよかった。
「…はっくしゅん!」
「…すまん」
「一樹さん…くしゅん!」
「すまん」
「くしゃみするたび謝らないで下さいってば…恥ずかしいんですよ? …くしゅん!」
「いや、実は」
会長が目を泳がせながらも顔を上げる。
「あの時、俺がお前を迎えに来られたのは、星詠みの力のお陰だったんだ」
「そうだったんですか」
「だからこそ、俺はお前が風邪を引くのだけは阻止しなきゃいけなかったのに…」
私は自室のベッドから上体を起こしたまま、ゆっくりと、ベッドに腰かける会長にもたれかかった。
「月子?」
「いいじゃないですか、私は嬉しいですよ? こうやって会長が看病してくれるし」
「お前は…本当に…」
「え?」
「いや、何でもない。…何なら、俺に移して治すか?」
不敵に笑んだ会長が、体を反転させ、ベッドに片膝をのせる。
「一樹さん…?」
「一番恋人らしい看病だろ?」
会長の手が、再び私の顎に触れる。
「なっ…! も…! ばかっ!」
私は逃げるように布団を頭から被る。会長も本気ではなかったようで、ケラケラと笑っている。
「じゃあ、俺はそろそろ戻るから。寂しくなったらいつでも呼べよ」
「はい」
「いい子だ。おやすみ、俺のお姫様」
会長は布団を少しだけ捲り、私の耳たぶに口付けて囁いた。
扉の閉まる音。自分の中から湧き出る心臓の鼓動の音。遠ざかる足音。
色んな音を聴きながら、私は目を閉じた。