レポート試験 | 65歳の芸大生

65歳の芸大生

定年退職後、新しいことにチャレンジしたいと考えて、今まで縁がなかった芸術について学ぼうと思い、京都芸術大学通信教育部芸術教養学科に入学しました。このブログは学習記録としてレポート等の成果を載せています。複製、転載はご遠慮ください。

テキスト巻末の図版リストのなかから、1~15章の必ず異なる二つの章より、一点ずつ二作品を選んでください。その上で、それぞれの時代背景を踏まえ、必要があれば他のアジア地域の美術との関連も含め、選んだ二つの作品の特質についてあわせて1200字程度で述べなさい。

自分が実際に鑑賞したことのある絵画について調べてみました

琳派を代表する2作品

風神雷神図屛風 

 この作品は、俵屋宗達によって描かれた。左右一対の屛風に風神と雷神がそれぞれ描かれており、日本美術における重要な作品の一つとされている。

  この作品が制作されたのは、17世紀初頭の江戸時代初期である。この時代、日本は戦国時代の混乱を経て、徳川家康によって統一され、平和と安定の時代が訪れた。江戸時代初期は、町人文化が隆盛し、経済的な発展とともに芸術や文化も大いに栄えた時期で、俵屋宗達は、京都を拠点に活動し、商業的にも成功を収めた画家であり、琳派の創始者として知られている。

  この作品の最大の特徴は、その大胆な構図と力強い表現である。風神は風袋を担ぎ、雷神は太鼓を叩きながら雷を呼び起こす姿が描かれている。これらの神々は、動きとエネルギーに満ちた姿で表現されており、観る者に強烈な印象を与える。宗達は、金箔を背景に用いることで、神々の神秘性と威厳を強調し、立体感を出している。

  この作品には、中国の絵画や仏教美術の影響が見られる。特に、宗達が使用した金箔の技法は、中国の宋時代の仏画から影響を受けたとされている。しかし、宗達はこれを日本的な美意識と融合させ、独自のスタイルを確立した。風神雷神図屛風は、宗達の創造力と技術の高さを示すとともに、江戸時代初期の日本美術の一つの頂点を成している。 

燕子花図屛風 

 この作品は尾形光琳によって描かれた。燕子花が一面に咲き誇る様子を描いたもので、二つの屛風にわたって広がる美しい花々が特徴である。 

 光琳が活動した江戸時代中期の18世紀は、経済的な安定と共に町人文化が花開いた時代あった。この時期、商業や工業が発展し、庶民の生活水準が向上するとともに、芸術や文化が広く普及した。光琳は、京都の裕福な商家に生まれ、美術や工芸に親しみながら育ち、彼は琳派を継承し、さらなる発展を遂げた。

  この作品特質としては、まずその色彩の鮮やかさとデザイン性の高さが挙げられる。光琳は、燕子花の青と緑を大胆に使い、金箔の背景と対比させることで、視覚的なインパクトを強調している。花の配置や線のリズム感は、装飾性を重視した琳派の特徴をよく表しており、観る者に美的な喜びを与える。

  光琳の作品には、中国の宋や元の花鳥画からの影響が見られる。彼は自然の美しさを装飾的に表現する技法を学び、それを日本の風土や文化に合わせて再解釈した。燕子花図屛風では、花々の繊細な描写と、全体の構図の調和が見事に融合している。光琳は、自然の美をシンプルかつ効果的に表現することで、観る者に深い感動を与える作品を生み出した。

  2つの作品は、江戸時代の日本美術の多様性と豊かさを象徴しており、琳派の発展と影響を理解する上で重要な位置を占めている。それぞれの時代背景と作家の個性を反映しつつ、共通する装飾性と美意識を持つ点で、日本美術の一つの頂点を成している。