今日は新大阪にて伊藤忠食品株式会社の担当者と商談会があった。
ぶっちゃけ、口下手で人付き合いの苦手な俺が30分もの間、たった数点の商品を持って30分もの間
何をプレゼンすれば良いのか、不安だったが…気が付けば、時間をオーバーしそうな勢いだった。
時々、冗談や雑談を交えつつ、終始笑いの絶えない商談会だったので、結構いい感じだった。
営業は苦手だが、人の話を聞くのは割と好きだw
今日は新大阪にて伊藤忠食品株式会社の担当者と商談会があった。
ぶっちゃけ、口下手で人付き合いの苦手な俺が30分もの間、たった数点の商品を持って30分もの間
何をプレゼンすれば良いのか、不安だったが…気が付けば、時間をオーバーしそうな勢いだった。
時々、冗談や雑談を交えつつ、終始笑いの絶えない商談会だったので、結構いい感じだった。
営業は苦手だが、人の話を聞くのは割と好きだw
僕は母胎信仰者であるので、気がつけば自然と教会へ通っていた。
キリスト教では隣人を愛せよという言葉がある。これは、隣の人を愛しなさいってことじゃなくて憎むべき対象も愛しなさいってことらしい…
信仰生活にうるさい母親は僕に対して、常に礼拝に参加しなさい、お祈りしなさいとしつこいくらいに言ってくる。そんな母が毎日僕にかける言葉がある。冗談抜きに毎日だ。おかげで暗記したくらいだ。
僕は一度結婚したが、離婚してその後好きになった人がいる。相手は同じ教会に通う4つ年下の人だ。
しかし、教会内での彼女と彼女の家族への目は非常に冷たい。
僕の母親もそんな人の一人で…彼女と彼女の家族に対して毎日このようなことを言う。
離婚した家庭は精神的に問題がある。
●●ちゃんには関わるな。
●●ちゃんとは話をするな。
●●ちゃんとは目を合わせるな。
●●ちゃんの近くに行くな。
●●ちゃんのお母さんもしょーもない男と再婚して、結局死別してるでしょ?
●●ちゃんの本当のお父さんは生きているいるのに、お母さんが精神的に異常だから●●ちゃんも異常や
ルカ10章に「善きサマリア人」とタイトルされるとても有名な話がある。彼女に対する母親の態度を見る度にこの話を思い出す。
教会の中では善き信者(のふり)をするが、家に戻るとあの人はダメ、この人は異常だとクリスチャンとはおよそかけ離れた発言を繰り返すので、自分の家族の信仰に対する評価は正直ない。
僕自身、信仰が厚いのかというとそうではない。日曜日でも、礼拝に参加せず平気で家でゴロゴロしているし、まるで誰かに評価してもらうために行う信仰生活なら僕はお断りだ。
彼女と話もするなと、母親が泣きながら頭を下げてきた時はさすがに戸惑った。
一体、何がそこまでになったのか…僕には理解できない。
彼女とはもっと仲良くなりたいと考えているが、両親を裏切るようなこともしたくない。でも、彼女を諦めると僕はそのことを今後の人生ずっと後悔しながら生きていくのだろう。そういうことも絶対にしたくない。
昨日は自分の好きな人と夕ご飯を一緒にする機会があった。
会う前は、何を話したら楽しく過ごせるのかとか、色々と考えたけど、本人を目の前にすると
結局は何も話せなかった。いざと云う時の押しが弱くなっているのは昔ほど自分の気持ちに対しての積極性がなくなったのかもしれない。
過去に一度、告白したことがあるのだけど、その時に断られているので、もしかして…っというマイナスの思いが度々巡る。
彼女にとっては、ただの知人の一人なのだろう。
食事だけして…1時間程度したら分かれるのかとか考えていたら、気がつけば一緒に食事だけで4~5時間ともに過ごしていた。 きっと、一緒にいてる時間が楽しく感じられ、時間が過ぎることを忘れていたのかも知れない。
できることなら、毎日一緒に食事がしたいと思いながらも、自分の勇気の無さがムカツク。