怒涛の7連勤、計94時間の労働が終わった後、スーパーで食材を買いこみ一路帰宅。


体調の悪化に伴い、勤務最終日は朦朧とした意識の中、気が付けば仕事が終わっていた。


無事家までたどり着いたのは夜中1時。


それから食材をしまい、着替え、布団に直行。


多量の水分を枕元に起き、暖房をつけたまま睡眠。


翌朝7時ごろ、汗による不快感で目を覚ます。


風呂に入り、着替え、また布団へ。


しかし、なかなか寝付けず、12時までつまみながらネットサーフィン。


佐川が10日待たせた荷物を平然とお届けにやってくるが、


怒る気力もなく、こちらも平然と受けとる。


その後再び眠気が襲い、13時ごろから惰眠をむさぼる。


次起きたのが日付けを跨いでいたのに気が付くまで少しかかった。


友達からのメールを返信し、動く気が起きるまで布団の中でもそもそとしていた。


2時ごろから簡単な鍋を作り食す。


まだ体調が治っていないのか、肉と野菜は胃でなかなかの重力を保っている。


締めは米にするか、うどんにするか迷いつつこの日記を記す。


成人してからの病はつらいというが、たかが風邪でここまでやられると思うと、


配偶者というのはとても心の支えになるのであろう。


結婚というものに少し、興味が出た。


また、仕事の時は何とか動けるが、休みの日になると言うことを聞かない。


病気は気からではなく、病気になっても気持ちが大切ということなのだろう。


今日の締めは米にする。ネギが無いのがいささか不満であるが、


卵があることに感謝し、この日記の締めにしたいと思う。



写真も映画もウソ。


ウソが無ければ面白くもなんともない。


というような事を誰かが言っていた。


北野たけしだったかな?



写真とは記録であって、


記憶と記録が重なった時、幸せになれる


それが写真だ


と私は、かねてから言っているが、


もしかしたら、記憶から


当時の感情が欠落して行く過程を経ることが


写真にとってのウソであり、


そのことが写真という記録が


幸福感をもたらす原因なのかもしれない。


つまり写真とは、その瞬間の出来事のみを記録した歴史。


アルバムは年表というだけであって、


その写真を見た人が何を思い出すか、どう思うかによって


その写真の意味は変わってくる。


それはまるで、サイレント映画の作品の優劣が


活動弁士の腕によって決まった様なものであろう。


要は気持ち次第。


END


ってわけじゃないけど、事故から47日経ちました。


2週目で手術。


3週目で体重の半分。


4週目で体重の2/3。


5週目には全体重を右足にかけれるように。


6週目で松葉杖も取れた。


7週目です。長距離でなければ痛みもない。


リハビリも順調。


あとはバイク直すだけ。


必要なパーツは


右ステップ


ヘッドライト


この二つは法律的に必ずいる。


ブレーキディスクは出来れば換えたい。元から悪かった。


今回の事故で終わってる可能性がある。


フロントフォークも、もしかしたらやばいかも。


この二つは直に命にかかわるので出来れば換えたい。


とりあえず、足がバイクを支えられる様になれば、


乗ってみてからフォークとブレーキの事は考えたい。


今回の事故から学んだことは「体は大切。」


この期間、仕事もできなかった。


趣味の散歩もできなかった。


家事もできなかった。


大好きな料理さえする気が起きなかった。


それが、骨が段々治ってくるとやる気もメキメキ。


まだ少し違和感はあるが、


ストレス無く歩くこと、立つこと、寝ることが出来ることは


本当に大切だ。


一昔前なら歩くことが出来なくなることさえあったはずだ。


それを現代に生まれたこと、手術をうけられたことで


もう一度普通に歩くことが出来る。


それだけで幸せな事じゃないか。


この期間、いろんな人に迷惑をかけた。


いろんな人に感謝した。


この経験はなにものにも代えがたい。


これから先も僕はバイクに乗り続けるだろう。


いい教訓になった。


病人生活もこれで終わりだ。


さぁ今までの遅れを取り戻そうじゃないか。


END