物事を柔軟に見れる方だと思っていました。
昔、占いが出来る人に
「ゆかりさんは
物事を球面体で見る事が出来る人ですね。」
「あー。たしかに。」
と厚かましい返事が出来るくらい
色んな角度から物事を
考えられると思っていたのです。
30歳の時
20歳の関西男子にそれを話すと
「球面体は見過ぎやろ。」
と突っ込まれても
私は木だけで無く
森も見る力があるのだ
と自負していました。
(そうするように
意識していた、が近いかな。)
でもある意味
色んな人の気持ちに寄り添い
意見を受け入れようとしてみる分
“自分の意志の主張”
という部分が弱かったようにも思います。
例えば
Aちゃんが
ある男の子の事を好きで
会ったり連絡してたんですが
その人には彼女Bがいました。
その彼女Bが
Aちゃんに
「私彼女なんですけど
その男の子と会わないでください。」的な
電話をしてきたわけです。
(青春やな。)
で、Aちゃんから
「ゆかり、その彼女と話して欲しい。」
と頼まれました。
Aちゃんは
その男の子の事を中学生くらいから
ずっと好きだったんです。
ずっと好きな人に
大学生になってやっと
会ったりする機会が訪れ
それを知ってるから
「彼女持ちの人やめなよ!」
とかいう単純な話ではなかったのです。
しかもその男の子もそれを望んでるなら
彼女Bは
Aちゃんではなく
彼氏を攻めるべきやろ。
そう思い
電話してみました。
しかし
彼女の立場としての気持ちに寄り添ってしまい
惨敗。
Aちゃん
「ゆかり、最初いい感じと思ったら
だんだんテンション落ちてきて
最後は向こうの相談相手みたいになっとるやん。」
と笑ってくれてたのが
せめてもの救いでしたが。
そんなこんなで年齢を重ねた結果
立場や気持ちに寄り添いながらも
自分の筋は一本持つ。
自分だったらどうだろうと
色んな立場の人の気持ちを気遣えるようになった。
つもりでした。
気づいたのです。
相手の立場になってみるって
めっちゃ難しい。
だって「私がその人なら」って
考えた時
その人の性格も価値観も違うなら
その人の気持ちはわかってるようで
やっぱりわかってあげられないよね。
私は無類の焼肉好き。
ポジティブな肉食系とすると
間違えて肉を食べてしまった
ネガティブなベジタリアンが
悲しみに暮れていたら
その人の立場だったら、、
と想像しても
「まぁまぁ、、悲しいのはわかるよ。
今までそのポリシーを守ってきたわけだし。
だけど
間違えてしまったわけだし
タンパク質という意味では
ひとまず体に毒ではないんだし
これからきをつければいいんだから。」
と、どこかで肉を良しとする
自分の価値観が
ひょっこりと覗くだろうし
それに何でも
前向きに切り替えようとする私のアドバイスは
ネガティブな人にとっては
それで苦しめてしまう
という事だってある。
ポジティブな肉食が
ネガティブな草食の気持ち
推測できてるようで
やはり難しいよね。
あ
この話の結末は
特にないんですがね。笑
出来てると思って
出来てない事
まだまだあるなー
と思った話でした。
