よーく考えても、自分の心のなかのことって、都合のいいように考えてしまいがちです。
私はついおりこうさんぶって、自分さえ我慢すればいいと思いがちです。
嫌なことがあったとき、
「これは修行だ。心が磨かれているんだ!」 と言い聞かせることで
ああ、私は修行しているんだーーと、自己満足していました。
でも、思ったんです。
我慢と試練(修行)は違うのか??と
「嫌だな・・・}そういう気持ちをなかったことにするのは修行なのかな・・・?
いいえ、我慢と修行は、ちがいます。
ざっくり簡単にいうと、
我慢とは、自分を置き去りにしてしまうこと。
置き去りにされた自分を想像してみて、かわいそうだったら、それは我慢。
試練・修行とは、自分を乗り越えること。
それを乗り越えた自分がのちに喜んでいる、幸せになっていると想像できたら、それは試練・修行。
これは、我慢なのか、試練なのか、ちゃんと理解して自分と向き合わないと
我慢強い人は自分を高めているどころか、
どれだけ自分をいじめているのかっていうことになってしまいますね。
我慢をやめるというのは勇気がいることです。
自分を乗り越えるということも勇気がいることです。
あまりに我慢が多すぎる場合、自分では我慢と思わなくなることもあるかもしれませんね。
自分を置き去りにしないように心掛けましょう。
少しずつでいいから、我慢を少なくして、
勇気が出るように、自分を励ましてみよう![]()
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と、今日は自己カウンセリングしてみました。
えらそうなことを書いてしまいましたが、
自分が我慢しなかった場合、人を傷つけたりしないか、と考えてしまいます・・・
まだまだ修行が足りません![]()